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小説『FLY ME TO THE MOON』第15話 それぞれの決断

静かに、ゆっくり歩を進め、ドアノブを回すパイロン。

その目線はドアノブに集中している。


ドックン・・・ドックン・・・自分の心臓の音が頭蓋骨に反響して、耳には中から聴こえてくる。


ドアの横で光っているランプ、パイロンは如月に嘘をついていた。

嘘と言うほど違いはないのだが、本当はSOSのサインなのだ。

つまり【助けてください】の合図。

パイロンはどうしても如月にそれが言えなかった。

このランプがついている時点で絶望的だったからだ。

そんな現場に立ち会わせたくはない・・・


カチャ・・・


静かに扉を閉めて、バールを握るパイロン。その握りは優しく、それでいて小指はしっかりと巻き込むように力強く・・・

左右を確認して薄暗い玄関を靴ごと上がった、それはもう覚悟の表れでもあったわけで・・・一歩ごとに靴の中では足の指五本で中敷きを鷲掴みにしていた。数歩進んで右の居間へ。

『ふぅ・・・・』誰も居なかった、気配すらしなかった。

思い過ごしか?SOSを押して逃げたか?

できれば後者であってほしいと願いつつ、階段を上がった。


カーペットを敷いたような階段なので、一段ごとにボフっという音が鳴る。


上がりきってまっすぐ伸びる廊下の突き当り、

両親の寝室へ向かい、ドアの前に立ち、2度ノックした。


コン・・・コン・・・


『ふぁぁう・・・がぁ・・・』


擦れたうめき声がした。


『ダメだ・・・・・』

最後の賭けに負けたように、パイロンの落胆は大きかった。

寝室からゾンキーらしきうめき声がする時点で望みはなかった。

いや、むしろ望みは無いと自分に言い聞かせるのだった。


この瞬間パイロンは目を閉じ、覚悟を決めた。。


『よし』如月の真似をして小さく気合を入れると、ドアを開けた・・・


ベッドには縛られた父親の頭が割れて天を仰いでおり、隣では自分で縛ったらしい、もがく母親の姿があった。ベッドの上には母親が父親の血で書いたのか、大きく大きく、壁に『パイへ、愛してます』と書かれていた。


床にはお隣のおじ様の亡骸があったので、何らかの事故があったのだろう。


『うそ・・・・うそでしょう?・・・・』

覚悟こそしたのだが、それは覚悟ではなく、言い聞かせただけ。自分に言い聞かせて自分が納得したつもりになっただけ。納得なんかできやしない、ましてや覚悟なんかそうそうできるものではないのだ。だから目の前の現実を嘘と思いたい、それが彼女の素直な気持ちだ。

母親は結ばれていない片手をパイロンへ伸ばし、うめき声を上げながら歯をカチカチ鳴らしている。予想していたとは言え、目の当たりにすると辛かった。パイロンは棒立ちのまま、声を上げずに泣きだした。鼻水もダラダラ垂れ流して泣いた。泣かなきゃならないかのように、今しかないと言わんばかりに、ガンガン泣いた、ジャンジャン涙を流した。

『ごごまで来だのに・・・必死で帰っでぎだのに・・・』

悔しさもあった、悲しさもあった、何で泣いているのかすらわからない程に感情が乱れた。まさに絵に描いたように泣きじゃくった。

心の中がぐしゃぐしゃになった、いやむしろ心が砕け散ってその欠片が心と言う空っぽの器の中でジャラジャラと音を立てて誰かにこねくり回されているような気持だった。

何分過ごしただろうか・・・

こんなに長い間泣いたことなどはない・・・

両方の口角を筋肉の限界まで下げ、両目を子供のように握った手でグリグリと擦り、ゆっくりと母親に近づくと、バールを頭に振り下ろし、その場に泣き崩れるのだった。。。。

『申し訳ございません』と一言残し。

この日パイロンは、声を出せずに泣く辛さを知った。


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なるべく目立つ道を通らず、それでいながら見通しが利くポジション取りをしながら注意深く学校を目指す如月。

来た道を斜めに突っ切る様に進めば学校への距離はさほどでもなかった。

だが、やはりいつどこで襲われるかはわからないので、注意深く進む、だからイマイチ進まないのが現状。

これはどうしようもない。

1体に見つかったようで、ノソノソと付いて来ているのが分かった。

彼らはゾンキー

如月が名付けたカテゴリー的呼び名である。

彼らは映画ですっかりポピュラーになったゾンビと酷似しており、見境なく動いている生物を襲い、その生肉を喰らう。噛まれると感染するのか、その生き物もゾンビ(ゾンキー)化し、生物を襲い始める。

倒すには映画通り、脳を破壊するのが現状では効果的のようだ。

走るものはまだ確認されておらず、言葉も発しないし、恐らくコミュニケーション能力もない、同種同士でもそれはしているようには思えない。原因はわかっておらず、ここ、ゼウスシティの警察、その他、防衛的手段が取られているのかも不明である。


その中で、生き抜こうとしている1人が如月だった。


先ほどは1人しか付いて来ていなかったゾンキーだが、気づいたらゾロゾロと増えていた。

見られたとは思えないのだが、なぜだろうか。

生前の心理状態が残っているとでもいうのだろうか、行列にはついつい並んでしまうみたいな?


『ハーメルンか!』


と一人ツッコミをすると、3mほどある鉄柵をスイスイと上り、反対側に下りた。

振り向きざまに『バイバイ』とゾンキーに手を振ると先を急いだ。

習慣で動いているとするならば、森を歩く習慣がある人なんて殆どいないだろうと考えた如月は、森へと入り込んでいった。

夕方が近づいていたのだが、森の中はもう夜と言ってよい程に十分に暗かった、危険度は増すが、発見もされにくい。

だが如月は、ここでもし囲まれたら、見えないのは致命的と考え、森の中でゾンキーを避けて朝を迎えられる場所を探すことにした。

暫く進むと、シイタケ栽培場に出た。

『なんとなくしていた匂いはこれだったのね』

シイタケがびっしりついた、ずらりと並ぶ原木を見ながら呟いた。

周囲を見渡すと、思った通り作業小屋があった。

駆け寄って中を開けるが、狭いし入り口は1つなので危険と判断。

梯子があったので小屋に梯子をかけ、同じく小屋にあった毛布を運び出して小屋の屋根に敷いた。

三角屋根ではなく、寝そべりながら星を見れるようなスペースになっていたのがとても助かった。梯子を持ち上げて屋根に上げ、急いで家に行きたいのを我慢し、この日の移動を止めることにしたのだった。


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たくさん泣いた羽鐘は決心した。

明日、自分のデスボイスを確かめようと。

あの時ゾンキー数体を破裂させたのはデスボイスなのか否か。

今はもう夕方なので、これから夜を迎えるにあたって、ゾンキーを集めるわけには行かない。

如月と一緒に居て、色々学んだ羽鐘は慎重だった。

今までにない自分がそこにいた。

『如月さん・・・頑張るっす。』

デスボイスの実験をして、使えると分かったらゴーゴンスタジアムを目指すことに決めた羽鐘、灯りはその家にあったろうそくにし、家中のカーテンを閉めて、その家にあったクッキーを食べ、誰のベッドかわからないけれど、感謝して眠りにつくことにした。


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両親とお隣さんが横たわる部屋で、パイロンは一夜を過ごした。

よく眠れたものだ、それでも人間かと自分を責めた。

そんな辛い思いをしても、朝は何事もなかったかのようにやってくる。

残酷な気もするけれど、新しい気持ちにもなる。

『これからどうしようか』

気持ちの整理もつかなければ切り返しなんかできやしない。

ここに居ても良いのだが、亡骸も腐ってくると臭いも酷くなる 。

その臭いで両親にしかめっ面もしたくはない。


『ポリポリ』


パクチーポッキーを食べ、ふと思い出す。


『ゴーゴンスタジアム・・・・』


今までのパイロンなら家に籠ったであろう。

しかし如月と羽鐘と過ごした時間が彼女を強くしたのだった。

リュックに必要なものを詰め込み、家を出る準備した。

思い出したくないから、思い出さないように、心に思い出す隙を作らないように、夢中で準備した。


自分の部屋を開けると、シド・ヴィシャスのポスターが目に入った。


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『え?セックス?』


『し!しー!!!!』


パイロンは上を見た。


『上じゃなくて、セックスだけ強調するんじゃない、セックス・ピストルズ!』


『知らなくて申し訳ございません』


『安全ピンで衣装を飾ってな!髪をこうツツツツーン立ててな!サウンドガーン!つって、ハートにギューンなんだってば!2006年にはロックの殿堂入りもしたんだから!そのバンドに後から入ったのがシド・ヴィシャスなんだけどね、フランク・シナトラのマイ・ウェイを歌ってるのね、でもねでもね、私的にはフライ・ミー・トゥー・ザ・ムーンを歌ってほしかったなーって思うのね、そんなわけで超超超カッコいいから聴いてみてよパイロン、聴く?聴くよね?』


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『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン・・・か・・・』


昔の事を思い出すパイロン。

もともとお嬢様でパンクロックなんか聴いたこともなかった。

しかし如月の推しで聴いてみたら一発でファンになったのがセックス・ピストルズだった。何十年も前のバンドだろうが、そのサウンド、歌詞、情熱、色んなものは色褪せることなく、後世に語り継がれる。幸いこのゼウスシティでは古きよきものを保管し、普及する事に力を入れており、音楽も映画も、古いものを今鮮明に聴いたり観たりができるのだ。

『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーンをシドが歌ってたら、カッコいいだろうなぁ・・・』

そんな事を思いながら新しい制服に着替えたパイロン。制服の方が発見されやすいとか、生存者に不信感を与えにくい、そう考えてのチョイスだった。その時、制服の胸ポケットに何かがある事に気が付く。

小さなメモ紙を4つに折ったものを開くと、

父親が書いたメモだった。


【パイ、私は噛まれてしまった、どうなるのかは外を見て知っているよ、だからこれから、お母さんに先に逝かせてもらう事にする。待ってあげられなくて、申し訳ございません。】


読み終えたパイは色々と考える。


父親を縛り、ゾンキーになってから自分を噛ませて父を止め、

自分を縛って私を待ったのか・・・。

私に逝かせて欲しかったのか・・・。

そんな辛い選択をさせてしまうことに、きっと大きなためらいはあったはずだが、自分ではどうしても逝けなかったのか、それともゾンキーになってでも私を待ちたかったのか・・・・。

SOSのサインは私へ止めてほしいとの合図だったのかも。。。

入ってはいけない、来るなと言う合図だったのかも。。。


『でもありがとう』


そっと呟くと、まぶしくて目が眩むほどの外を眺めた。


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『はっ!!!!!!』


驚いて飛び起きた羽鐘。

こんな世界になっても、日常のクセはそうそう抜けるものではなく、身体が午前7時に反応する。ドキドキする心臓を抑え、学校じゃない事を確認する。


『休み?・・・あ。。。そうか・・・』


昨日の出来事がフラッシュバックのように頭にチラつく。

辛くて悲しくて吐きそうになるけど身体を起こした羽鐘。

水は出るが、赤っぽい錆混じりなので、洗面器に取り置きし、不純物が沈んだところでそっと手ですくい、顔を洗った・・・いや、正確には濡らしたと言うべきか。

両の頬を両手でパン!パン!と張ると、チェーンロックをかけたドアを限界まで開けて叫んだ。

『おーいゾンキー!こっちこっちー!』


気が付いたゾンキーが近寄ってくる、ドアが開くギリギリの隙間に顔を突っ込んできたので羽鐘はその顔目がけて『ヴォアアアアアアアア』とデスボイスをぶつけてみた。

何秒待っても破裂しなかった。


『如月さんの言った通りだ・・・・何が違うんだろう・・・。』


『声のトーンかな・・・・』


何パターンかのデスボイスをぶつけるも、何の変化もなかった。


偶然だったのかと意気消沈するが、気を取り直し、喉を休めてからまた練習することにした。



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