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【幕間 ~響きの質のコントロール~】夢の防音室を作るまで Vol.5

どうも、こんにちは。

オーディオライター、音響エンジニアの橋爪徹です。
ハイレゾ音楽制作ユニットBeagle Kickでは総合プロデュースも勤めています。

前回は、設計が仕上がっていく過程を紹介しました。
物件が決まり、厳しい予算の中、現実的な視点で仕様を決定していきます。
内見や設計図書を頼りに肉付けされていく設計図面を見るのは本当にワクワクしました。
今回は、少し中休みです。時を少しだけ戻し、私が行ったとある音声収録をレポートしたいと思います。

このnoteでは私が防音室を作るまでを書き残すことで、オーディオファン・映画ファンにとって部屋を作ることを身近に感じて欲しいと思っています。
「別世界の話」、「金持ちの道楽」といった、ある種突き抜けた行為だと思わないで欲しいのです。連載を終える頃には、その意図が伝わっていたら本望です。

防音室で音楽を楽しむためには、何が重要?

スピーカーからの音を外部に漏らさず、外の騒音も部屋の中に入れないのは必須としても、他に気をつけることはあるのでしょうか。
それは「響き」です。もっと言うと、響きの質のコントロールです。
イメージが沸きづらいと思うので、言い方を変えましょう。

「自分の聴きたい音楽をどういう音で聴きたいか」

それが既に響きの質のコントロールを意識していることになります。
オーディオの音は機器やアクセサリー(スピーカーからの直接音)だけでは決まりません。実際に人間の耳が聴いている音の半分以上は部屋の響きだと言われています。
クラシックが好きな人、ジャズやフュージョンが好きな人、POPSが好きな人。音楽を聴いて感動したときのあの感覚、ライブを聴いて鳥肌が立ったときのあの感動。それを防音室でも楽しめないか。そこから響きの検討は始まっているのです。
響きのコントロールにおいて、定在波のコントロールは最も重要です。特に部屋の寸法比(間口・奥行き・天井高のバランス)が悪いと遮音は出来ても不快な響きが残ってしまい、音楽に心から浸れません。(前回のコラム参照)
例えばこんな事態になります。

・低音が不自然に増幅されてブーミー
・特定の帯域だけ大きい(あるいは小さい)。結果、楽器の音に違和感がある

普通こういう時は、吸音材を壁に貼ったり拡散パネルを設置したりして対策しますが、そもそもの寸法比が悪かった場合、焼け石に水であまり効果が無いのが実情のようです。

寸法比が悪い=定在波の偏りがもたらすもの。その詳細については私がアコースティックラボのイベントレポートを書いたときの記事があります。ぜひご覧下さい。

では、私の部屋はどんな響きを目指して相談を進めていったのか。

・メインルームはスタジオ用途でも使うためややデッド気味にしたい。
・映画を見ることを考えるとライブ(残響が長い&多い)な部屋は避けたい

スタジオとして録った音声の整音作業もすることから、前述の定在波の影響が強い部屋は論外です。
もと住んでいたアパートは木造和室1間の塗り壁仕様のためかなり吸音していました。録った音をモニターするには比較的恵まれた環境でしたが、デッド過ぎても音楽は面白くありません。
「多少は響いて欲しいけど、映画もスタジオもちゃんと使いたいよね」……って贅沢な要望です(笑

百聞は一聴にしかず——実際に体感してみた

そこで、スタジオとしてどの程度まで吸音する必要があるのか、吸音率や残響時間などの数値だけではなく、実際にレコーディングをやって感覚含めて検討したいと思うようになりました。
まず、アコースティックラボに相談です。同社の蔵前ヴィレッジには収録スタジオをイメージしたショールームがあります。メインブースには、パネルを開閉して残響をコントロールできる機構が備わっています。開ければ吸音材が丸見えになり、閉めれば木材のパネルで自然な響きが得られます。

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パネルを閉めた状態

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パネルを開けた状態

自前の機材を持ち込んで知り合いの声優さん、男女一名ずつお呼びしてレコーディングを行わせて欲しいと頼みました。ありがたいことに快諾いただけました。

プロの声優さんにご助力をお願いするため、当日もたもたする訳には行きません。事前に私1人でリハーサルを行います。

リハーサルは、2017年2月の上旬。
機材をカートに詰め込んで単身蔵前ヴィレッジにお邪魔します。

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パネルの開閉には注意点がありました。全部のパネルを90度全開にすると、一定の間隔で共鳴するため響きに癖が乗ってしまいます。ランダムに開け方を変えてあげると、実際にセリフを読んだときも自分の耳に返ってくる音が自然になって演じやすくなりました。

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パネルを開いて精一杯セリフを読む筆者

リハーサルをやって思ったことは、確かに録った音の残響も違うのですが、演じる側の演じやすさ(演じ難さ)に多大な影響があることが分かりました。
パネルを全閉すると響きが長く音量も大きくなります。自分が発した声が遅れて聞こえるため、なかなか演技が安定しません。頭の感覚が残響に引っ張られて集中できない感じです。全開にすると、収録スタジオに近い感覚になり、ヘッドフォンを掛けていなくても演じやすくなりました。(本来、1人でやる音声収録は専らヘッドフォンを使います)

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パネルを閉めると芝居がやりにくそうな筆者

本番は2月の中旬。再び機材を持って蔵前ヴィレッジへ。
声優さんには男女代わる代わる入ってもらいました。
素材は多角的な検証のため3種類お願いしました。高めの声のキャラ、低めの声のキャラ、色付けの少ないナレーション。
録った音は、大きな差が出ました。パネルを閉じたライブな環境では、音声素材としては使い物にならないレベルでした(響きすぎ)。パネルを開いてあげれば、アマチュアやハイアマチュアの自主制作ならなんとか許容できるだろうという感触です。これはセミプロとして活動してきた私の長年の感覚で判断しています。残響時間を計らなくても、素材を聴けばすぐに分かるということですね。プロはみんなそうです。いずれにしても、定在波の影響を最小限にしたスタジオで収録した音は特定の帯域に癖がなく、ナチュラルな木材の響きとも相まって有機的でリアルな音声になりました。
自分のスタジオはアマチュア&ハイアマチュアをターゲットと考えていましたので、アコースティックラボの担当にはパネルを全開している時の感覚をデフォルトとして、収録ブースはさらにデッドだと理想的であると伝えました。
実際の防音室がどうなったのかは後述するとして、声優さんの感想は興味深いものでした。

【女性】
パネル全閉:反響が大きいとセリフの演技はかなりやりづらい。
自分の耳で音の返しを聞きながら芝居をしているので遅れてくる感じに慣れない。
パネル全開:いつもの返しに近いが、アニメのスタジオなどは反響がほぼ無いので、若干まだ響く感じはあった。しかし、閉じているよりは芝居がしやすい。
完成音源を聞いて:パネル全閉の反響は違和感がある。開いている方が聞きやすい。ただ、セリフの芝居に関しては、全開よりさらにデッドな方が、抑揚の機微や感情の細かい部分が聞き取れるので理想的かと。過剰に反響すると音のメリハリがあいまいになってしまうと感じた。

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【男性】
パネル全閉:少しリバーブが掛かったような残響があるがやりづらいとは感じない。
むしろこれはこれで、演じるシーンによっては陶酔して気持ち良く演じられる可能性もある(カラオケのリバーブの有無で気持ち良く歌えるかが変わるのと似た感覚かも)
パネル全開:(音がデッド気味になるため)普段収録ブースで喋る時と感覚が似ていてやりやすかった。
今回は、モニターヘッドフォン無しで録ったため、喋る時の感覚が上記の様に変わったが、モニター有りで喋るとそれはそれで感じ方が違うのかもしれない。

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実は、同じセリフをできるだけ同じ声量で開閉の度に演じてもらったので、プロの方でなければ難しいお願いでした。マイク前で演じたことの無い方がほとんどだと思いますが、芝居を完成させることに気を取られると声量までは制御仕切れないのが実際です。元声優志望の私は、まさにそうでした。開閉による残響の違いで意識も散漫になるし、読むだけでいっぱいいっぱいになってしまうのです。しかし、そこはプロ。圧倒的なコントロール力でもってDAWの音量メーターの振りも波形の形もほとんど同じでした。(冗談じゃないよ、マジだよ!

この収録によって、求めている残響の程度はアコースティックラボの担当に伝わったと思います。
実際の収録現場も一部見学してもらって、自分が今まで音響エンジニアとしてやってきたオペレートやディリクションを見てもらったのも大きいです。「こういうことをやりたいんです」って説得力のある自己紹介をやった気分でした。

実際の防音室には、どのように反映されたのかお答えします。
まず吸音ですが、予算の関係で将来追加が可能な設計となりました。吸音パネルを複数枚設置できる構造にしたり、場所をずらすことができたり。また、天井の化粧梁に後から購入した吸音材を渡すこともできます。
簡易録音ブースは、メインブースよりもデッドな環境が求められるのですが、そこは吸音パネルをメインブースから移動するという案がありました。しかし、これが作業的に大変ということと、一枚移動しても実用に耐えるものにはならず、最終的には個人で吸音材を買って壁に貼り付けることになりました。

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Before

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After

今振り返ると、自分が求める響きが設計前によく理解できた意味でレコーディングをやってよかったと思います。ブースの吸音材を大量に買ったときも目指す方向が明確になっていたので、迷いもありませんでした。

蔵前ヴィレッジにはピアノ室やシアタールーム、音楽スタジオと何種類もあるので、相談すればきっと的確なアドバイスをくれるし、体感型の実験もある程度は柔軟に対応してくれると思います。
(ちなみにアコースティックラボには九段下と大阪にもショールームがあります)

ということで、中休みにしては大長編になってしまいました(苦笑
自分が求める理想の響き、それを理解するためには行動あるのみ!
少しでも自分に置き換えてイメージしてもらえたら嬉しいです。

次回は、いよいよ物件購入、売買契約です。
同時期に行った追加調査(2度目の内見)で分かったこと、設計がどう変わったのか。などなど、今まで触れていなかった小ネタもいくつかお届けしたいと思っています。
どうぞお楽しみに!

技術監修:アコースティックラボ

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