バレーボールとデータの関わり “IDバレーとは何か”
オリンピックも終わり、今は節目の時期といえるのではないかと思います。そこで今回はデータの集計や分析結果の報告ではなく、「バレーボールとデータの関わりのありかた」について、“IDバレー”をキーワードに私見をまとめたいと思います。
IDバレーとは
IDバレーとは、眞鍋政義氏が提唱した概念であり、姿勢です。これについては眞鍋氏の著書に詳しいかと思います。
このIDバレーには元ネタがあって、それは野村克也氏が提唱した“ID野球”になります。IDバレーという言葉自体は、このID野球にあやかりたいという程度の意味であって、それほど深い意味はないと思うのですが、しかし、元ネタのID野球を含めたIDバレーとは何かを考えることは、今、意義のあることではないかと考えています。
ID野球とは
それでは、元ネタのID野球ですが、野村克也氏が1990年代にヤクルトの監督をしていた際に提唱されたもので、IDとは”Import Data”の略で造語になります。
Import Dataを直訳すれば、“データの導入”といった意味でしょうか。1990年代にヤクルトが強かったこともあり、オジサン世代には結構強く焼き付いています。
ID野球とセイバーメトリクス
ところで、現在の野球においてデータの活用はセイバーメトリクスとして知られています。ID野球はオジサンたちの心には残ってはいるものの、どちらかというと、1990年代の日本のローカルな現象といえます。それでは、このID野球とセイバーメトリクスはどのような関係にあるのでしょうか?これについては、蛭川皓平(著)、岡田友輔(監修)のセイバーメトリクス入門に記述があります。
ID野球においてデータを判断するのは、野村克也監督の野球観や配球論であり、セイバーメトリクスはその判断基準がそもそも有効なものなのかどうかを検証するというものです。
こういう書き方をすると対立的に捉える人がいるかもしれませんが、個人的な野球観や配球論がセイバーメトリクスの新たな視点になることもあれば、セイバーメトリクスの検証によって新たな野球観をもたらすといった補完的な関係にあります。
しかし、個人の野球観や配球論を判断の基準とするID野球には問題があります。継承と発展が難しいのです。野村監督の野球観や配球論は明文化されたものではありません。なので、野村監督の教え子や信奉者が、ID野球を引き継ごうとしても、正しく引き継げているかを確認する術がないのです。当然、現状からの発展を確認する術もありません。
バレーボールの話に戻ろう
長々と野球の話をしてきましたが、それは現状としてバレーボールにおけるデータ観については、IDバレーの元ネタであるID野球と同じような人が多いのではないかと思ったからです。
アナリストがデータを収集して、そのデータを監督に送って判断を下す。バレーボールにおけるデータの活用については、このようなイメージを持つ人が多いと思いますが、この方式は、データを判断する監督や、それを支えるアナリストのバレー観に依存します。
野球におけるセイバーメトリクスは、野球観を客観的、定量的な検証で補うものでしたが、バレーボールにおいては、このバレー観に対する客観的、定量的な検証が大いに不足しています。
バレーボールにおける得点
1つ例を紹介します。バレーボールの試合関連で良くある記事に、○○選手が何得点をあげたというものがあります。これは、暗黙のうちに得点によって勝利に貢献したという意味でデータを使っているといえます。
しかし、以下の図1-1から図1-3の得点とスパイクの打数(図1-1)、決定率(図1-2)、効果率(図1-3)との関係を見てください。
これはパリオリンピック男子の試合ごとのデータを元に、選手の得点とスパイクのデータとの関係をまとめたものです。
データからは、得点と最も相関が高いのはスパイクの打数で、選手の得点の多さはスパイクの決定率や効果率よりも打数の多さを反映しているといえます。この結果からは、
・決定率や効果率が低くても打数が多くて得点の多い選手は勝利に貢献したといえるの?
・そもそも勝利への貢献ってどうやって知ることができるの?
こういった疑問が湧いてきます、残念ながら、こうした疑問に対する客観的、定量的な検証は未だありません。得点という極めて単純なデータの意味や意義でさえ、現在では十分にわかっていないのです。
担い手は……
バレーボールという競技が持つ特質を客観的、定量的に検証した積み上げが必要というわけなのですが、「それをやるのがアナリストと呼ばれる人ではないの?」と思うかもしれません。
間違った考えではありませんが、現状のバレーボールにおけるアナリストにはそこまでの仕事を求めるのは無理があると考えます。
なぜなら、大半のアナリストはチームに所属しているからです。チームのためにデータを収集、分析をするのに加えて、バレーボールという競技そのものの性質も研究するというのは本業に支障をきたすリスクがあります。
また、仮にチームにアナリストが大勢所属していて、業務に余力のあるアナリストがいたとしても問題はあります。成果をチームを超えて共有するのが難しい点です。成果の共有なく各自研究を進めると、あちこちで車輪の再発明のようなことが起こり効率的ではありません。
チームに所属するアナリストとは別に、バレーボールを客観的、定量的研究し、成果を現場とやりとりしながら全体のレベルアップを目指す形というのが現実的かと思います。
強化には良い時期なのでは
現状、バレーボールという競技が持つ特質を客観的、定量的に検証している人は非常に少ないです。そのため、知見の蓄積が足りていない状態が続いており、個人のバレー観による判断に頼らざるを得ないところが大きいです。
現在の日本のバレーボールは、世界一にはまだ距離がありますが、そこに挑める位置に近づいてきつつあるように思います。同時に壁はまだまだ高いと感じている人も多いと思います。そんな現状を後押しするためにも、バレーボールという競技が持つ特質を客観的、定量的な検証を推し進める必要が合うように思います。
バレーボールにおいて、データが重要であるという認識が浸透し、アナリストという役割が普及した現在、IDバレー的な考えから次の一歩を踏み出すのには、今が良い機会であるように思いますが、いかがでしょうか?
1つのアイデアとして書き残しておきたいと思います。
タイトル画像:いらすとや
※文中のパリオリンピックのデータのデータは共有できるようにしていますので、興味のある人は以下のリンクからどうぞ