第一幕「終末への始動」

 惑星活性化装置。俺の目の前にあるこいつを動かせば、すべてが終わる。内臓を思わせるチューブが露出していてグロテスクだ。これを設計した奴はきっと解剖学で首席をとったに違いない。
 むせ返るような熱帯特有の空気の中、俺はふと空を見上げた。かなりの厚さの雲が木々の間に、真っ青な空とともにのぞいて見える。
「おいサトウ、早いとこやっちまえ」
 同じ下士官のロイが俺を急かした。屈強な黒人だがさすがに顔色が悪い。俺は彼の方を向き、弱い笑みを浮かべた。そうだ、誰だって苦痛が長引くのはうれしくないしいつ奴らに襲われるかわからないのだ。
「……でも、俺は本当に正しいことをしてるのか。他にもっといい解決策があるかもしれないんだぜ」
「あったらとっくにやってるさ。残された道はここしかない」
「ああもうグダグダ言ってんじゃねえよ。奴らが来ちまうだろうが!」
 そんな声が俺を後押ししてくれる。みんなの顔を見ると、表情は色々でも俺を責めているような奴は一人もいなかった。そう思えた。みんな疲れたのだ、今の自分に。
 もう一度空を見た。
「神よ……」
 思わず口に出た言葉に、幾人かは十字を切って手を合わせた。
「俺たちを、導いてくれ」
 レバーに手をかけた。その時すさまじい悲鳴とともに奴らがあらわれた。俺は反射的に振り向き、それをすぐさま後悔するはめになった。誰かが小さく「Shit!」とはきすてた。
 〈それ〉はカートの身体をすでに包み込んでいた。この惑星の先住民の液体生命体だった。カートの手の指先が溶けて骨が見えた。指だけじゃない。着ているものはいわずもがな、顔が肩が太股が溶けていく。こいつらは人間を餌にしているんだ。
「サトウ! 何してやがるこのファック野郎!」
 涙を流しながらロイが怒鳴った。俺のできることは一つしかなかった。わかっていた。それでもカートから目を逸らせなかった。皆必死になってカートに向けてバーナー銃を向けている。奴らを殺すには火であぶるか毒薬をぶちこむかしかないのだ。
「糞野郎! てめえのケツの穴にこのモンスターの出来損ないをぶちこんでやる!」
 普段は二枚目で通っているイヴォコフが、血走った目で狂ったようにわめいた。俺に言ってるのか。
 俺は何か叫んだらしかった。その数瞬後、俺にも奴らの仲間が被さってきた。襲いかかる全身の激痛。生きたまま食われていくのだ。だけど手を放しちゃいけない。この惑星が奴らの物だろうが後から来る地球人どもが緑の枯れた大地を見て呪いの言葉を吐こうが関係ない。今、この手を放しちゃいけないんだ。
 だがそれも杞憂だった。俺の身体にかかった重みとその衝撃ですでにレバーを引いていた。誰かがバーナーを向けてくれた。いいよもう。すべてはもう終局にむかって動き始めたんだから。誰かの叫び声。自動小銃の音。バーナーの熱。それ以外はもう感知できなかった。
 やっとすべてから解放される。
 やっと……。


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