脳卒中患者に対する自主トレーニングのエビデンスと臨床応用 #1 【総論編 2020年版】
こんにちは!
2021年脳卒中専門リハビリ施設を開設予定の"脳卒中リハビリ研究所" です。
さて、私たちはこの患者さんにどのような自主トレーニングを指導すればいいでしょうか?
年齢:60歳
性別:男性
疾患:3ヶ月前に脳梗塞(中大脳動脈領域)を発症
症状:右片麻痺
HOPE:パソコンのキーボードを打つ時に右手でしっかりキーボードを叩きたい
背景:
Webサイト制作会社経営者の男性。主に社長としてマネジメント業や営業活動に携わるが、自身もエンジニア としてWeb制作の仕事をすることもある。脳梗塞発症後、急性期病院で1ヶ月入院加療。その後、回復期病院に入院したが仕事に戻らねばならなくなり早期に退院することが決定した。70歳までは仕事を続けたい意向があるが、現状は満足に右手を動かせる状態ではなくパソコン動作に支障をきたしている。そのため、仕事のパソコン動作で右手を使えるよう、自主トレーニングを続けたい。回復期の担当療法士であるあなたに自主トレーニング指導を依頼している。
自主トレーニングの定番と言えば、ストレッチ・筋トレですよね!(笑)
理学療法士や作業療法士であれば誰でも患者さんに自主トレーニングを指導した経験があるのではないでしょうか。そして、一度は定番のプログラムを指導したことがあるはず。
もちろん、私もそのひとりです。私が過去に指導した自主トレーニングは効果があったのかと言われれば、「なかった」と答えざるを得ません。
ただ、それは私のスキルの問題なのか、そもそも自主トレーニングというものは効果がないものなのか・・・
さて、世界的に自主トレーニングの効果はどのように報告されているのでしょうか。
脳卒中患者に対する自主トレーニングのエビデンス
Vloothuis JDら(2016)はシステマティックレビューを行い、脳卒中患者に対するホームエクササイズの効果を検証しています。
システマティックレビュー
システマティックレビュー(systematic review)とは、クリニカルクエスチョン(clinical question;CQ)に対して、研究を網羅的に調査し、同質の研究をまとめ、バイアスを評価しながら分析・統合を行うことである。
(Mindsより引用)
具体的には、自宅で家族などに手伝ってもらいながら行う自主トレーニングの効果と、外来リハビリなどで理学療法士や作業療法士と一緒に行うリハビリの効果を検証しました。(※対照群の全てが外来リハビリというわけではなく、通常ケアなどを対照にしている研究もあります)
結果は以下のようになりました。
①ホームエクササイズの方が有益なアウトカム
バランス(Berg Balance Scale: BBS)
Stroke Impact Sale (以下、SIS)の移動項目
SISの主観的な脳卒中からの回復項目 など
②ホームエクササイズと外来リハビリ or 通常ケアでおよそ同等の効果
日常生活動作(ADL)
歩行能力(歩行速度や持久性)
上肢・下肢の運動機能 など
つまり、ホームエクササイズ(自主トレーニング)は外来リハビリ or 通常ケア(日常生活の維持など)とおよそ同等以上の効果があるということが言えます。
また、Coupar Fら(2012)は上肢機能向上を目的としたホームエクササイズの効果について検証しました。
メタ解析に取り込まれた研究3件のうち2件が “理学療法士・作業療法士が指導するホームエクササイズ” と “医師による通常ケア” を比較しています。
結果として、ADL、手段的日常生活動作(Instrumental Activities of Daily Living: IADL)、上肢の運動パフォーマンスなどは、ホームエクササイズと通常ケアとでおよそ同等の効果であると結論付けています。
以上の研究から2つのことがわかります。
①上肢運動パフォーマンスやADLに対して理学療法士が指導するホームエクササイズは有益でない可能性がある
②家族などに手伝ってもらうホームエクササイズは外来リハビリなどとおよそ同等以上の効果がある
ただし、これらは2012年、2016年に公開された研究から得られた知見です。私が調べる限り、2016年以降に公開された信頼できるシステマティックレビューはないので、2020年までに公開されたランダム化比較試験や観察研究の情報を得て、総合的に解釈する必要があります。
ランダム化比較試験
ランダム化比較試験(ランダムかひかくしけん、RCT:Randomized Controlled Trial)とは、評価のバイアス(偏り)を避け、客観的に治療効果を評価することを目的とした研究試験の方法である。
(Wikipediaより引用)
また、システマティックレビューは概要をつかむ上では役に立ちますが、どういう人(P)が具体的に何をすると(I)何と比べて(C)何がどれくらい変化するのか(O)という情報を得るためには、ランダム化比較試験など他の研究デザインで行われた研究の方が向いています。
※システマティックレビューもPICO(S)が設定されているのですが幅広い設定になっていることが多く曖昧になりがちなので、筆者はランダム化比較試験等の方が向いていると考えています。
つまり、私たちが目の前の患者さんへエビデンスを応用する場合は、必ずランダム化比較試験などの情報を得ていないといけないということです。
ランダム化比較試験の論文をひとつピックアップします。
Nordin NAMら(2019)は、発症から16ヶ月程度、年齢60歳前後、BBS成績およそ51点の慢性期脳卒中患者に対する課題指向型訓練をベースにしたホームエクササイズ(45〜60分、週3回以上、12週間)を指導し、BBS成績がおよそ53点に変化したことを報告しています。
この情報を持っていれば、発症から1年4ヶ月、60歳くらいの患者さんにバランス維持・向上のための自主トレーニングを指導するときに役立ちますよね。
このように、ランダム化比較試験などの情報を得られることができれば、患者さんに有益な自主トレーニングを提案することができます。
脳卒中患者さんに対するエビデンス・ベースド・ホームエクササイズ
適切なホームエクササイズを指導するためには療法士の経験(Clinical Experience)も必要ですが、最善のエビデンス(Best Available Evidence)を入手し、患者さんの価値観(Patients Value)と時間や道具などの資源(Resource)を考慮することも大事なことですよね。
臨床に従事されている先生方は忙しいでしょうから、まずエビデンスを入手する時間がない、という方も多いのではないでしょうか。
あるいは、学部教育では英語論文の読み方や論文の批判的吟味の仕方について学ばないわけですから、海外のエビデンスを正しく解釈することに自信がないという方もいるでしょう。
このnoteは、そのような先生方の役に立てる内容になっています。
"脳卒中患者に対する自主トレーニングのエビデンスと臨床応用" の構成
ホームエクササイズに関する一連の記事は5部構成(#1〜#5)になっています。
#2、#3、#4は筆者が独自にシステマティックレビューを行い、批判的吟味をした上で信頼に足ると判断した国内外のエビデンスをまとめています。
脳卒中患者に対する自主トレーニングのエビデンスと臨床応用 #2【システマティックレビュー編】
脳卒中患者に対する自主トレーニングのエビデンスと臨床応用 #3【ランダム化比較試験編Ⅰ/ 回復期】
脳卒中患者に対する自主トレーニングのエビデンスと臨床応用 #4【ランダム化比較試験編Ⅱ/ 慢性期】
エビデンスだけを入手したいという方は、#2〜#4の記事を読んでいただければ十分かと思います。
#5ではEvidence Based Practiceの真骨頂とも言える、実際の臨床応用についてケーススタディをしています。エビデンスの活かし方がわからないという先生に向けた内容です。
脳卒中患者に対する自主トレーニングのエビデンスと臨床応用 #5【ケーススタディ編】
また、#2〜#5をまとめたマガジンも作成しています。
全て読んでいただければ、自信を持って患者さんに自主トレーニングを指導できるようになっているでしょう。
さあ、ホームエクササイズの学習を始めましょう!
参考文献
1) Coupar F, Pollock A, Legg LA, Sackley C, van Vliet P. Home-based therapy programmes for upper limb functional recovery following stroke. Cochrane Database Syst Rev. 2012 May 16;(5):CD006755.
2) Nordin NAM, Aziz NA, Sulong S, Aljunid SM. Effectiveness of home-based carer-assisted in comparison to hospital-based therapist-delivered therapy for people with stroke: A randomised controlled trial. NeuroRehabilitation. 2019;45(1):87-97.
3) Vloothuis JD, Mulder M, Veerbeek JM, Konijnenbelt M, Visser-Meily JM, Ket JC, Kwakkel G, van Wegen EE. Caregiver-mediated exercises for improving outcomes after stroke. Cochrane Database Syst Rev. 2016 Dec 21;12:CD011058.
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