【七】あなたの罪はわたし見殺しにしなかったこと

「あ、指入るんだ」
 ながらく富山県にいたのに、自分の生まれ育った街に戻ったとたん、関西弁で話すようになったパパは、深いひとえ瞼を瞬かせ、笑った。おふろ場の無意味にやさしい湯気や湿度、業務スーパーの激安ボディソープのあまいにおい、出しっぱなしのシャワーのお湯の生ぬるさ。あたまの中がもやもやしたりくらくらしたりして、おなかの奥の痛みといわかんが、遠のく。

 これが、わたしの人生のはじまり。

 三歳だったと思う。

 毎夜、パパとおふろに入る。わたしはじっとしている。パパは開業を夢見る柔道せいふくしだった。よくわたしに、折れたり砕けたりした骨のレントゲン写真を見せたり、マッサージの練習だと言ってせいきをまさぐった。わたしは見たことやされたことは覚えているが、そのさいの感情は忘れている。というか、わたしはわたしの人生がはじまったしゅんかん、感情を殺した。もちろん、自分で。だって、感情は魂のかけらだって、知らなかったんだもん。
「パパぁ、シャワー出しまくってなにしとら」
「水遊びや。こいつは泳げんやろ、やから練習」
「そうけ。でも最近水道代高いから、ほどほどにしてねぇ」
 ママはパパを信頼しきっていた。おおきくなったわたしは、その幼稚さに憧れている。結婚適齢期の現在、わたしは美しいと称されるようしを持ってはいるが、ちめいてきに魂が死んでいる。ゆえに、ママがねたましいらしい。

 おふろ場でのゆうぎは、五歳で終わりを迎えた。

 パパはお布団で寝たきりになった。が、かと思えばのとび起き、首をぼきんと下に向け、床を見てぶつぶつとなにかーーー男の人の名前だったーーーをつぶやき、ときにうなり、女やこどもや壁や椅子を蹴り、殴り、体力が尽きると酒をのみ、たばこを吸い、酔っぱらうと寝た。真っ赤な顔でねむるパパのうえに乗った回数は、数えきれない。もちろん、きじょういをしたかったわけではなく、殺そうと思っただけ。
 ママは働きに出た。当たり前に、どれも長くは続かなかった。
 神戸市内の市営住宅の家賃が滞り、3ヶ月に1度、電気かガスが止まるーーー水は人にんげんのいのちに関わるから、代金を3ヶ月滞納しても止められないらしかった。日本はばかだーーー。わたしは常に空腹だった。パパはまたもやときおり飛び起き、わたしの浮きでた肋骨にほおすりをした。

「あんた、起きてぇ、起きて」

 とある夜ふけか朝方か、わからないけれど、寒くて、暗かった。あ、じゃあ、季節は冬だ。そういえば、厚手のトレーナーをパジャマにしていた。
 ママが寝ぼけ眼のわたしのにのうでを引っつかみ、くつをろくに履かせず玄関を抜け、駐車場へ向かい、車の助手席にわたしを突っこんだ。それから、五歳のわたしの膝に、金魚鉢を乗せた。そっと。
 金魚は三匹いた。パパのパパーーーおじいちゃんなのだけれど、わたしはこの人がきらいだから、「おじいちゃん」と呼びたくない。だって、わたしを背負い投げしたり、ベロでおっぱいをなめてくるからーーーが、お祭りでとったものだ。はじめは飼うことに反対だったママだが、ギフからのいただきものーーーママは、パパだけではなく殿方の裏どころか表も見ないーーーだからと、ていねいに扱った。人間はじぶんで手に入れたものごとより、他人に明けわたされたそれのほうが、せきにんかんを持ちやすいらしい。特に女は、そうなのかもしれない。
 行き先どころかわけも時間もわからない、暗闇でのドライブ。正確には街灯があったから、暗闇ではないのだけれど。わたしはおそろしかった。パパを殺しておけばよかった、と後悔をした。コンクリートを走るだけで振動する車内の、てっていてきな沈黙。わたしは膝の上の金魚鉢の、金魚たちを見つめていた。黒だったり透明だったり、ゆらゆらだったりざぶんとだったり、色を変えながらたゆたう水の中で、泳いだり留まったりする金魚たち。
 いいな、と思った。きれいだと。金魚たちはただ水に浮いているだけ。それなのに、こうやって、きれいだと思われる。わたしは金魚になりたいと思った。そして、もしかしたらなれるのではないか、と、きたいをしてしまった。感情はゾンビだ。殺しても殺しても、よみがえる。不死身。
 まあ先にけつろんを述べると、わたしは金魚になんて、なれなかったのだけれど。ついでに、女の子にも女にも。

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