【九】写し鏡のこちら側と向こう側と
感情を殺す作業はいたって簡単で、多種多様な殿方の指や舌や性器が触れた途端、魂をからだから抜くだけ。どうやって抜くの? と聞かれたら、具体的に答えられないのだれけど、目を閉じればそれでいい。次に目を開けたときには、すべてが終わっている。
そうこうしているうちに、魂が家出した。
わたしは小学校に通いはじめた。
なんせ子どもなもんで、考えが及んでいなかった。どうしたんだろ、くらいにしか思っておらず、気づいたときにはすでに遅し。わたしは抜け殻になっていた。
「ねえ、知ってる? 極楽鳥花の花言葉」
わたしに質問したのは、和尚さまとセックスをしているとき、幾度となく現れた女の人だった。わたしにフェラチオを教えた女。
大人なんだろうけれど、なんだか小さくて、痩せていて、子どもから見ても、子どもみたいな身体をしていた。なのに、声とか、目つきとか、仕草とかが、妙に大人の女っぽい。色っぽい、というのだと思う。男のために造られた女って感じ。
わたしは、手元の、読んでもいなければ見てもいない、花の図鑑に目線を落とした。
はっとした。その瞬間、なぜだか、女にこのことを気づかれてはいけない、と思った。が、反射的に顔を上げてしまう。図書館の大きな、木目調の机越し。わたしの真向かいに座る女は、肘で身体を支えながら身を乗り出し、毒々しくカラー印刷された極楽鳥花に、そっと触れた。
女の唇が、両端とも同時に、気持ちが悪いほどただしく、上がる。
「すべてを手に入れるの、わたしたちは」
女の言葉に頷いてしまう。だって、わたしはこのとき、理解したから。パパとの遊戯も、和尚さまとのセックスも、すべて、この女によってなされたできごとなのだと。
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