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【コラム】「政党ありき」でない選挙、舞台裏描いた映画「◯月◯日、区長になる女。」ロングラン─東京・杉並の女性区長誕生🥎元朝日新聞記者 飯竹恒一【語学屋の暦】【時事通信社Janet掲載】

【写真説明】杉並区長当選を喜ぶ岸本聡子さん(右から2人目)(「映画 ◯月◯日、区長になる女。製作委員会」提供)

この記事は下記の時事通信社Janet(一般非公開のニュースサイト)に2024年2月21日に掲載された記事を転載するものです。

草の根の市民運動で、3期12年続いた現職区政を打破し、初の女性区長を誕生させた2022年6月の東京・杉並区長選。その舞台裏を描いたドキュメンタリー映画「◯月◯日、区長になる女。」は、カメラを回した監督自らが、近所の川沿いの散歩をこよなく愛し、住宅街を貫く道路計画に憤った住民の一人だ。

今年1月に東京で封切されてロングランとなり、全国ロードショーも展開している話題作。私自身、生々しい映像に引き込まれながら、「してやられた」と脱帽した。というのも、初当選を果たすことになる岸本聡子さん(49)の陣営は、推薦した立憲民主、共産、れいわ、社民の各党による共闘が実現していたのに、映画の中では「政党」の存在感が乏しく、それでいて、観客として、何ら違和感を覚えなかったからだ。

映画PRのため街頭に立つペヤンヌマキさん=東京都杉並区のJR阿佐ヶ谷駅前(撮影:飯竹恒一)

その点、監督の劇作家・演出家、ぺヤンヌマキさん(47)は「地元の道路計画に疑問を持ち、自分の生活を守りたいと区政を調べ始めたのがすべての始まり。その中で岸本さんと出会い、さらにその回りに集まって応援するみんなの話になっていったのです。だから、選挙映画にはしたくなかった。私の生活者としての視点を軸にすることにしたのです」と話した。「映画には、あえて党派に関する描写はありません。描きたかったのは、独立した個人としての区民たちの姿です」

そもそも、ぺヤンヌさんが撮影を始めたのは、投票まで2カ月でベルギーから帰国した元NGO職員の岸本さんの知名度アップのためのボランティア活動としてだった。立候補を要請した市民グループ「住民思いの杉並区長をつくる会」の重鎮、小関啓子さん(84)と政策について口論になった際、岸本さんが「政策と要求は違う」と反論したり、立候補への迷いを語ったりするリアルな場面を記録する中、映画化への構想が芽生えたという。

映画を注意深く見ていると、地元東京8区(杉並区)選出の立憲民主党の吉田晴美・衆院議員(52)と岸本さんのツーショットのポスターが繰り返し登場するのが分かる。しかし、吉田氏のことも、立民のことも、いっこうに語られない。マイクを握って声を張り上げる姿が登場する共産党の原田あきら都議(48)(杉並区選出)も同様だ。新型コロナウイルス感染症対策で当時は一般的だったマスクを着用していて、顔さえよく見えない。

共産党の原田あきら東京都
議(撮影:飯竹恒一)

原田都議は「立民の吉田さんの票と共産票が一つになることは、集票の上で大切でした。ただ、杉並の場合、岸本さんが登場するずっと前から党派によらない市民運動の伝統があり、そのおかげで政党がまとまっている点は見逃せません」と話す。自身が映画できちんと紹介されなかったことは気にしておらず、「政党が前面に出ない映画の世界は、実際に市民が見た風景だったのでしょう」と納得顔だ。

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画面上にテロップで名前が出た数少ない一人が、その小関さんだ。元中学校教諭で、かつて沖縄戦や原爆投下への記述が少ない歴史教科書の採用問題で地元の反対運動の先頭に立った末、2003年には自ら区長選に立候補した。落選したが、党派を超えた動きが活発化する契機になったという。

小関啓子さん (撮影:飯竹恒一)

「2021年から3年連続の選挙が私の最後の仕事」と小関さんは語る。2022年の区長選がその第2幕だったとすれば、仕上げの第3幕は、翌2023年の杉並区議選(定数48)だ。当選者は、性別非公表の1人を除く47人のうち女性が24人を占める画期的な結果となった。この中には、初当選した立民の寺田陽香(はるか)区議、共産の小池めぐみ区議(41)らもいて、もともとは岸本さんの選挙応援に携わった普通の住民だった。

共産党の小池めぐみ杉並区議(撮影:飯竹恒一)

両選挙の流れに道を開いた第1幕は、2021年の衆院選だ。立民の吉田氏の初当選を目指し、「死に物狂いで取り組んだ」と小関さんは話す。この衆院選で吉田氏は共産、れいわ、社民の各党も含む「野党共闘」の支援を受け、自民党の石原伸晃氏(66)が目指した中選挙区時代からの「無敗の11連勝」を阻んだ。

街頭に立つ立憲民主党の吉田晴美衆院議員(左)と寺田陽香・杉並区議=2023年12月29日、東京都杉並区(撮影:飯竹恒一)

吉田氏は「杉並では長年、石原氏に挑んでは破れ、比例復活さえできない状況が続いていました。市民だけでも勝てなかったと思うし、政党だけでも勝てなかったと思います。市民と野党の連携が大きかったです」と振り返る。初当選に至るまで、杉並で6年にわたって活動し、その間、2017年の衆院選では苦杯をなめた。市民運動に携わる人たちとどう付き合ったらよいのか、当初は戸惑いもあったという。「喧々諤々(けんけんがくがく)の論争を経て、ぶつかる時もありました。でも、だからこそ、本気の付き合いができるようになりました。2021年の衆院選に向け、信頼関係が築けていたと思います」

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ところで、映画でしばしば話題になるキーワードの一つが「投票率」だ。当時の田中良区長が3選を決めた2018年の区長選よりも、5.5%高い37.52%に上昇したことが、187票の僅差で岸本氏が当選するのにつながった。投票率が勝敗の決め手になり得ることを、住民は身にしみて感じただろう。

地方主権重視の政治運動を指す英語「ミュニシパリズム(municipalism)」を、そのままタイトルにした軽快な歌も登場する。岸本さんの選挙応援に携わり、後に杉並区議に当選することになるブランシャー明日香さん(50)が作詞作曲していたのを、上田ケンジさんと小泉今日子さんによる音楽ユニット「黒猫同盟」が映画のためにカバーした。


もともと、岸本さん自身が著書「水道、再び公営化!」(集英社新書)でミュニシパリズムを取り上げていた。さらに、同じ由来の言葉で、「再公営化」(re-municipalization)という専門用語があるのを知った。その関連で、欧州の労組関係団体の英文サイトに岸本さんのインタビューが掲載されているのが興味深い。以下はその抜粋だ。

「一方、公営水道会社は、いっそう合理的で耐久性のある水資源管理システムの導入に関心を寄せる。パリでは再公営化後、水道会社『オー・ド・パリ』がセーヌ川上流の農家と協力して化学物質や殺虫剤の使用削減に取り組んでいる。水源で汚染が抑えられれば、飲料水の生産はコストが減り、いっそうナチュラルなものになる」(Municipal water companies on the other hand have an interest to implement more rational and durable water resource management systems. In Paris, after remunicipalisation, the water company Eau de Paris has been working with farmers who live up stream of the river Seine to reduce their use of chemicals and pesticides. When the water source is less contaminated, producing drinking water is less expensive and more natural.


2008年の金融危機以降、こうした再公営化する自治体が各国で登場したというが、その流れを日本でも浸透させることが、岸本さんが立候補を決めた強い動機なのだろう。

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映画を見た後、繰り返し杉並区議会に足を運んだ。ちょうど本会議が連日開催されていて、岸本区長が野党となった各会派の区議から「対話という言葉をもてあそんでいる」などと攻撃されるシーンもしばしばだ。与党立民の寺田区議らも一般質問に立ち、傍聴席の前列を陣取る小関さんが、ノート片手に熱心に耳を傾けていた。

杉並区議会で一般質問に立つ寺田陽香区議(撮影:飯竹恒一)


女性が半数を占める議場を眺めると、カラフルな服装が目立つ。政治は常に動き、この場に足を立ち入れる政治家の顔触れは、今後も選挙のたび変わっていくだろう。ただ、映画と同様、女性たちが醸し出す華やいだ活気は、このままずっと続いてほしいと思った。

飯竹恒一(いいたけ・こういち)
フリーランス通訳者・翻訳者
朝日新聞社でパリ勤務など国際報道に携わり、英字版の取材記者やデスクも務めた。東京に加え、 岡山、秋田、長野、滋賀でも勤務。その経験を早期退職後、通訳や翻訳に生かしている。全国通訳案内士(英語・フランス語)。



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