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Energy
ハーブティーを淹れようと思ったのは深夜1時のことだ。
バイトが終わって家に着いたのが11時過ぎ。それから食事をして、家事をして、一息ついたのがその時間。もうミッドナイトだ。まだしたいことはやまほどあるけど、こういうリベンジ夜更かし、というやつは良くないらしい。少しリラックスして寝よう、何か飲もうか、と考えたとき、ハーブティーのことが脳裏をよぎった。
マーケットで買ってきたハーブティー。あれを飲もうじゃないか。
この夏、僕は、東南アジアのある国に留学していた。そこのローカルマーケットでお土産に買ったものがあった。誰かに渡そうと思ったのだが、自分でも飲みたくなったので自分用にとっておいたのだ。
"Beal Fruit Tea"
ベルノキの果実を使ったハーブティーだった。
これを飲むと"Energy"が湧き出る、とマーケットのおばさんに力説されて、それならということで、他のハーブティーとセットで買った。確か合わせて4$だった。このおばさんは商魂逞しく、お茶を買った後もいろんなものを手当たり次第に僕に差し出してきて、結局石鹸も買う羽目になった。
まぁそんなハーブティーを、どれ、飲んでみようじゃないのと、袋から出した時だった。僕は気づいた。
透明な袋の中、ハーブに紛れて何かが蠢いていることに。
ごくごく小さな虫が這いずり回っている。それも1匹じゃない。何匹も、ハーブの中にいる。ビニールを隔てていても分かった。
どうやら、僕は虫も持ち帰ってしまったみたいだった。
これを買ったのはローカルなマーケットだった。現地の人にとってはこんな風に虫が混じっているのも当たり前なのかもしれない。にしても凄まじい数である。これをお土産にあげなくてよかった。他のハーブティーには虫は見つからなかったので心底安堵した。
どうするべきなのか、迷った。
捨てるべきなのか、でも勿体無い気がするし。
じゃあ、虫を除いてしまおうか、でもこの数を取り除くのは……と暫く考えた結果、一旦ハーブを紙の上に出して、動いているやつらを潰していくことにした。
正直こいつらがハーブに混じっていたところで、直に食べるわけじゃないから大丈夫だ(僕的には!)だが、生きている虫がいるのは困る。袋から逃げられでもしたら大変だ。僕の部屋が虫の棲家になってしまうし、第一海外の虫だから野放しにするのはまずい。ここで生きていてもらっては困るのだ。
可哀想だけど、仕方のないことだ。
とりあえず、生きている虫は潰して、可能な限り取り除こう、と決めた。
キッチンペーパーの上にハーブを出すと、その上を小さな命たちが這いずり回る。翅はないが、すばしっこい。僕はそれを目ざとく見つけ、指の腹で押し潰す。命が弾ける音さえしない。虫は平らになってペーパーに貼り付く。動く虫を見つけては指をぐっと押さえつける。あっけなく潰れてしまう。
あらかた終わったかと思って、虫のついていなさそうなハーブをボウルに移してゆく。
すると、驚くことにまだまだ出てくる。
特にレモングラスについている虫が多かった。丸まった葉の内側に何粒も命が貼りついている。気の遠くなるような作業だ。
そうやって、淡々と小さな命を潰してゆく。
***
ひととおり虫を除き終えて時計を見ると、時刻は午前2時を回っていた。もうハーブティーを淹れる気も起きなかった。数多の命の残骸を前に、溜息が溢れる。何やってるんだと罪悪感に苛まれる。
仕方のない殺生だった。だが、そうだとしても、躊躇いもなく潰したことに変わりはない。仕方なさに従順な自分に苛立ちを覚えた。
命を潰した手からは、僅かにベルノキの香りがした。罪の香りはどうやら甘いらしい、そう言って空笑いする気力も、もうなかった。