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歌舞伎NEXT『朧の森に棲む鬼』@2024年12月・新橋演舞場

劇団☆新感線の2007年の舞台『おぼろの森にむ鬼』を、2024年に "歌舞伎NEXT" としてよみがえらせる、というニュースを春先に見てから、ずっと楽しみにしていました。

主役の "ライ" はダブルキャストで、松本幸四郎、尾上松也。松本幸四郎の回のチケットだけ取っていましたが、松本幸四郎の回を見てからどうしても尾上松也の回も観たくなり、尾上松也の回も鑑賞しました。

(※トップ画像は、観劇後に撮影した築地本願寺です。)

・・・以下、ネタバレありですので、ご注意ください。


どこまでも、"悪"。

劇団☆新感線の2007年の舞台は、市川染五郎(現:松本幸四郎)が主演した作品で、ゲキ×シネとして映画館上映されることもあります。嘘と裏切りを重ねて王になる男の、栄光と破滅の物語。“究極の悪” に挑んだ作品で、ストーリーも流れも全部知っていても、観るたびに強く揺さぶられる舞台です。

舞台作品や映画作品で "悪役" とされるキャラクターは「悪だけど、根はいいヤツ」のような役も多いと思いますが、この作品の主役・ライは、どこまでも "悪" です。嘘をつく速さで剣を振るい、周り全てを利用しては裏切り、成り上がり、そして破滅していきます。

人には「外道」と罵られますが、ライは「これが本道だ!」と言い切ります。自分の生きたいように生きる、それこそが本道だ、と。

多少の設定変更(シュテン役の性別を女性から男性へ、キンタ役の性格を軟派から硬派へ、など)はあるものの、劇団☆新感線版のストーリーとほとんど変わりない内容です。唯一、一番大きな変更はラストでしょう。人とも鬼ともつかないライが天に昇っていくその様は、救いなのか、魔物をも取り込む更なる悪なのか。黒すぎる黒は、白いのか。悪すぎる悪人の、最期の姿は不思議と清々しいです。

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度肝を抜かれる、"歌舞伎NEXT" の舞台。

歌舞伎NEXTは2作目とのことですが、前作『阿弖流為あてるい』(2015年)は観ていません。自分にとっては初・歌舞伎NEXTのため、期待半分・不安半分で開演を待ちます。

幕が開き殺陣が始まると、歌舞伎らしく「魅せる」殺陣に思わず見惚れてしまいます。さすがに劇団☆新感線の中島かずきさん、いのうえひでのりさん、川原正嗣さんが参加している舞台、ダイナミックなアクションの連続です。(川原正嗣さんは、最初にライに斬られるエーアン国の将軍・ヤスマサとして出演されています。)

そして序盤にやってくる、滝!本物の水で表現された滝です。他の舞台でも観たことがある演出ではあるものの、本物の威力は半端ない。一気に心を持っていかれます。

劇団☆新感線のいのうえ歌舞伎では舞台上で生のロック演奏がありますが、この歌舞伎NEXTでは、生の三味線、太夫さんあり。確かに歌舞伎です。

そして、シーンの切り替わりに、数々の「魅せる」演出。格好よすぎるだろ。しびれます。

そして衣装の豪華なことと言ったら。ライは、成り上がるたびに衣装が豪華になっていくのでそれもみどころの一つですが、他の役の衣装もとてもきらびやかです。照明できらめくような素材が織り込まれている衣装もあり、どのシーンも目が離せません。

劇団☆新感線のいのうえ歌舞伎は、元々 "歌舞伎っぽい舞台" がゆえに、歌舞伎的演出とは非常に親和性が高いようです。チケット代は非常に高かったので鑑賞前に公式リセールに出そうか何度か迷ったのですが、生の舞台で観なかったら一生後悔したかもしれません。

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松本幸四郎:ライ、尾上松也:サダミツ。

最初に観たのは、主人公のライを松本幸四郎が演じ、尾上松也がサダミツ(ライの敵役)の回でした。席は1階席の8列目。

舞台が始まると、松本幸四郎が完全に "ライ" です。自分が観たのは17年前の市川染五郎(現・松本幸四郎)のはずですが、全く違和感を感じません。むしろ、より土臭さと小悪党感が増しているようにさえ見えます。そして、成り上がるにつれて隠せない尊大さに溢れ、悪の化身に転じていきます。

そこで対峙する、サダミツ。

尾上松也は劇団☆新感線の舞台では観たことがありましたが、歌舞伎の舞台を観たことはありませんでした。こんなに太い声が出るのか。そして、とんでもない存在感。ライの策略であっという間に討たれてしまう役ですが、このサダミツを演じる尾上松也を観て、尾上松也がライの回も観たいなと思う気持ちが止まらなくなります。

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尾上松也:ライ、松本幸四郎:サダミツ。

そしてその2週間後に観た、尾上松也がライ、松本幸四郎がサダミツの回。

同じストーリーなのに、ライの表現が全く違います。松本幸四郎のライは蛇のような狡猾さが見えましたが、尾上松也のライは、肉食獣のように獰猛な悪役。どちらのキャスト回が良いかということではなく、どちらもそれぞれ魅力的です。

そして、松本幸四郎が演じるサダミツがとんでもなく自由奔放に振る舞っていて、めちゃくちゃ楽しそう。そして、決めるときは、ばっちり決める。尾上松也のサダミツはもっと堅物のイメージでしたが、松本幸四郎のサダミツは、道化っぽさが強いです。

この回は2階席の上手側の端で観たのですが、2階席でも充分に楽しめました。少し距離があるからこそ、舞台の画も見やすいです。そして、何と言っても、ラストにライが天に昇っていくところが、はっきり見えます。初回に1階席では観られなかったライの表情・所作がすべて見られるので、このシーンを観られるという意味では、むしろ特等席だったかもしれません。

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キンタ役・尾上右近は必見。

劇団☆新感線の舞台では阿部サダヲが演じていた役ですが、ライの弟分・キンタを演じるのは、尾上右近。性格の設定変更はあるものの、ライに従順な弟分ということは変わりません。

尾上右近、映画『十一人の賊軍』で観て良い俳優さんだと思いましたが、今回の舞台を観て、さらに興味がわきました。コミカルに振り切って観客の笑いを誘うシーンあり、胸に詰まるシーンもあり。芝居が芝居に見えない。もっとたくさんの作品で観てみたい俳優さんです。

2007年の舞台と違ってシュテンの性別が男役になったので、おぼろの魔物3人のうち2人のみが女役でした。エーアン国の四天王の一人・ツナを演じる中村時蔵、イチノオオキミの奥方・シキブを演じる坂東新悟、どちらも最初から最後まで女性にしか見えません。ツナは検非違使の長として雄々しくも弱さを秘め、シキブは賑やかし要員かと思いきや、その強すぎる嫉妬と悲哀に心を動かさずにいられません。序盤のシキブのコミカルネタは、自分が観た回では観客席は大湧きでした。

イチノオオキミを演じた坂東彌十郎は、安定のほんわか空気感です。抜けていてお飾りの大王おおきみかと思いきや、人の本質を見抜ける観察眼を持つ人物造形が、自然にそこにあります。

書ききれませんが、どのキャストもそれぞれ素晴らしく、みどころしかない舞台でした。

帰り道、東銀座駅近く

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余談:少し、ザワザワした気持ちになったこと。

舞台の本編とは全く関係ありませんが、観劇当日に心がザワザワすることがあり・・・

  • 開演直前のアナウンス(上演中の撮影禁止など)が日本語だけなのが気になりました。実際に、日本語ネイティブではなさそうな観客が上演中にスマホで撮影して、係の方に注意されていましたので、、、映画館のように日本語&英語&中国語とまではいかないまでも、せめて日本語&英語のアナウンスがあっても良さそうな気がします。

  • 尾上松也さんが主役の回でしたが、終盤の良い所で、尾上右近さんに「高麗屋こうらいや!」という大向こうがかかっていました。自分の聞き違いかと思いましたが、その後の尾上松也さんの決め台詞前にも「高麗屋こうらいや!」という大向こう。自分は歌舞伎に詳しくありませんが、尾上だったら「音羽屋おとわや」じゃないのかな?と変なところでモヤモヤしてしまいました。実際には「こうらいや」に聞こえる別の大向こうだったのかと想像しますが、自分のような素人にとっては、屋号のようなわかりやすい大向こうだと嬉しいです。

  • 新橋演舞場では幕間まくあいにお弁当を食べる観客が多いのですが、幕間の時間にロビーでお弁当を買おうとすると、売り切れていて買えないのですよね。近くの席の年配のご夫婦が「下調べが足りなかったね」と残念そうでした。観劇前にお弁当を買うには、結構早めに劇場に着いておかなければいけないのですが、初めてこの劇場で観劇する方も最高に楽しめるような情報提供がされていると良いのになと思います。

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