今、話したい何かがある

これを開いて下さった圧倒的少数派の皆様こんにちは。初めまして。軍師勘弁と申します。これから話す内容にまとまりはありませんし、大したオチもありません。生きるのが下手な一般男性の独り言です。

なぜnoteを始めたのかというと、長い文章を書きたくなったから。それをたまたま見る人がいてほしいと思ったからです。

いつからか僕は人と話すときに、伝わり方や話のオチを考えながら喋るのが苦手であることがわかってきました。そしてそれを自覚するようになってから、ほぼ毎ターン言葉に詰まるようになりました。

一方で文章だとやり直しが効きます。消しゴムを使えば、バックスペースキーを押せば、×をタップすれば、誤字や不要な文章は消すことができます。LINEは取り消しができますし、ツイートなどは削除できるだけ全然マシです。

高校生になってLINEを始めて、「タイムライン」なるものの存在を知りました。必然的に(?)「○○に行った!」みたいな思い出系の投稿は語り口調の長い文章になりました。しかし、それを見てるのは僕を知っている友達ばかりなので、やや冷ややかな目で見られることもありました。

みんながタイムラインからTwitterに移住したことに暫くして気づきました。そして絶対に自分はやらないと思っていたTwitterに僕も辿り着きました。「思ったこと何でも呟くぞ!」なんて意気込んだものの、何でも好きなことを呟いて良い場所ではないことを知りました。そこからはネットリテラシーと瞬間的な感情との勝負です。それは軍師勘弁としてのアカウントでも同じことでした。(匿名性に守られたいのかもしれない)

みんながTwitterから Instagramに移住したことに暫くして気づきました。毎回気づくのが遅いですね。そして大学2年になってようやく、Instagramを始めました。あそこはオシャレな陽の人たちの溜まり場だから絶対にやらないとTwitterの時以上に思ったけど、外界との繋がりが必要になったから仕方なかった。とはいえ、ここなら長文も書けるのでは?と思いましたし、実際書くことはできました。

しかしTwitterでもそうでしたがInstagramは特に、写真だけの投稿だったり一言だけ添えたりした方がカッコよかった。短文のカッコよさってあるじゃないですか。大学生としての僕は、長文を書きたい欲より如何にカッコよく見えるかを優先するようになりました。あゝダサい。

そしてここ最近。○○さん(恐らく持ち出し厳禁なので名前は伏せます)や粗品さん、Twitterでフォローしているラジオリスナーの方のnoteを読んで、冒頭で話した諸々の理由が爆発したのです。

でもここまで書いてて思ったことがあります。某RHYME SAVERの中の1人のラインを引用すると

「誰が何を言うかにかかってんだよ」

さっきの短文の話だってそうです。カッコいい奴がやればカッコいいけど、俺がやったってカッコよくはならない。長文なら尚更。自分が応援してる人の長文だから読んでられるし、読むためにお金を払おうとも思えるはずです。

「いやいや、誰に見られることを意識せずに自由に書きたいくせに、誰かに見られることも意識してんじゃねえよ!」

読まれなくてもいいから長文を書きたいのか、それとも読んでほしいのか。まとまってない自分がアホくさいと思います。物事を多方面から捉えてしまう性格というのは、時には長所にもなり得るかもしれませんが、大体の局面では優柔不断な奴に成り下がります。

それ見たことか!全然話まとまっとらんやんか!もう仕方がないので、できる限り両立した文章を書こうかなと思います。

伝えたいことなどは今のところありません。今後は自分の好きなことや趣味について深めにグダグダと語るような気がします。僕は「他人に話すほどでもないけど他人に話したいこと」がめちゃくちゃ多いです(タイトルはそういう意味で付けました)。ですから、たまたま見て下さった大変お暇な方に「こんな事を考えてる奴がいるんだな」と思ってくれれば幸いです。

ここまで読んで下さって本当にありがとうございました。次も読んで頂けると嬉しいです。


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