Episode 044 「ブラック・サバスとビーチ・ボーイズの完璧な融合、とは」
さて、Episode 027より開始した「オーストラリアにいた時(1996〜2010年)によく聴いたアーティストおよびバンドの曲」(併せて、「よく聴いた訳では無いが印象が強く残っているアーティスト及び曲」も含む)、という括りで当時を振り返る試み、今回はアルファベットの「S」から始まるアーティストおよびバンド。
Saboten(日本)
このバンドの、この曲を初めて聴いたのは、いつだっただろうか。明確には憶えていないが、大学時代なので恐らく2003年頃だろうか。当時父親が営んでいたレストランで手伝いをしている時、よく友達のタカヒロにも手伝ってもらっていたのだが、皿洗いをしながら一緒にこの曲を歌った思い出がある。尚、この歌声が(本気で)嫌だったらしく、母親に止めろ、と言われた。尚、直接言われたのであればまだしも、父親だけに(我々の歌がうるさいという旨を)伝えており、何かのタイミングで、とある夜、レストランの営業が終わった後、家族みんなで夕ご飯を食べている時に、父親が母親に対して、「なんか、言いたいことがあるんだろ、しっかり直接言いなよ」という具合で話が始まり、母親に(うるさいから歌うのを止めろという旨を)言われたのである。そんな深刻なことなのか、と思った。そんな思い出もある曲である。ただ、曲自体は、かっこいい。恐らく、本当に我々の歌声が嫌いだったのだろう。
Scafull King(日本)
このバンドは、友達のカズから教えてもらったバンドだ。非常にかっこいい。初めて聴いたアルバムは「SCAnation」(1999年)だった。尚、Hi-Standardの「Making the Road」(1999年)に収録されている「Lift Me Up Don’t Bring Me Down」という曲のレコーディングにも参加したとのことである。スカパンクバンドにありがちな、「ホーンは良いけど、ガツンとくるギターが足りない」ということが、このバンドには無く、ギターも素晴らしい。尚、2021年12月下旬、彼らのファーストアルバムである「SCANDAL!」(1997年)をBookoff Onlineで購入した。
Seraphs Coal(オーストラリア)
アデレード出身のパンクロックバンド。自分の中で、ローカルバンドの代名詞、というバンドである。例えばBodyjarやFrenzal Rhombの様な大物オーストラリアのバンドが他の街(それぞれ、メルボルンそしてシドニー)から来て、アデレードでライブをやる際はSeraphs Coalがオープニングアクトを務める。また、オーストラリア国外からのバンドがアデレードでライブを行う時も同じ様に、Seraphs Coalがオープニングアクトを務める、という形になる。彼らのライブは何度か見る機会があった。個人的には、このバンドの曲の特徴はベースにあると感じている。ベースラインが目立っている曲が多く、等にNo Heroという曲でのベースラインは初めて聴いた2000年頃(友達の予志也くんにEPである「Don’t Mind If I Don’t」(1998年)を借りたのだ)から約25年近く経った今でもハッキリと憶えている。
SHACHI(日本)
この曲を聴き始めてのは、恐らく、友達のタカヒロと出会ってからだと思われる。2000年頃であろうか。特にこのバンドに対して何か思入れがあるわけでもなく、また、この曲以外は一曲も知らない。しかし、この曲だけは、なぜか憶えている。最近では全く聴かなくなったが、数年に一度、何かのタイミングで聴くと、ノスタルジックな気持ちになり、心は当時のアデレードに引き込まれるのだ。
SHAKALABBITS(日本)
友達であるタカヒロがきっかけで確か知る事になったバンドの175R(イナゴライダー)。このバンド(175R)とのコラボの曲、という事で(2002年に)知る事になったSHAKALABBITS。この曲は、なぜか頭に残っている。
Sick Of It All(アメリカ)
NOFXのリーダーであるFat Mikeが運営するレコード会社であるFat Wreck Chordsに所属しているという事で知る事になったバンド。このバンドとの初めての出会いは、Fat Wreck Chordsのコンピレーションアルバムである「Life in the FAT LANE」(1999年)というCDで初めて聴いた時だった。リアルタイムでは聴いておらず、恐らく2000年頃だったと思われる。このバンドは、Fat Wreck Chordsに当時所属していた他のバンドとは異なり、ハードコアな音楽を追求していた。数年前(2020年)YouTubeで見たこのバンドのライブ(Fat Wreck Chords 25周年記念の世界ツアーの様子)で、彼らは自ら「Fat Wreck Chordsの”Black Sheep”(のけ者、やっかい者、見捨てられた者 etc)です」という自己紹介をしていた。確かに、他の(Fat Wreck Chordsに所属する)バンドとはカラーが違う。
Silverchair(オーストラリア)
このバンドを初めて聴いたのは、恐らくテレビの音楽番組で見た「Anthem of the year 2000」(1999年)だったと思われる。かっこいい曲だとは思ったが、特にアルバムを買って聴く、までには至らなかった。しかしながら、2007年に発売されたアルバム「Young Modern」を気に入り、リアルタイムで購入。そこから、遡る形で他のアルバムを聴き入った。恐らくオーストラリアを代表するバンドだったと思われる。リリースしたアルバム全てがオーストラリアでの音楽チャートで1位を獲得し、またアメリカでも大ヒットした。後期のアルバムに関しては初期のグランジ色の強い曲だけでなく、ピアノを取り入れたり、オペラの様な曲展開などが行われ、音楽性も広がった。この変化は、あのU2(バンド)のボノに「ブラック・サバスとビーチ・ボーイズの完璧な融合」とまで言わしめたとのことである。日本に帰ってきてからも、2015、16年あたりでは相当聴いていた。個人的には「Without You」(2002年)という曲や「Straight Line」(2007年)などは最高にかっこいいと思う。
Simon & Garfunkel(アメリカ)
聴き始めたきっかけは、憶えていない。しかしながら、父親が同乗する車ではよく聴いていた憶えがある。普段聴いている音楽を掛けようものなら「ガチャガチャうるさい」と言われたので、それこそビートルズやSimon & Garfunkelであれば苦情が来ることはなかったのだ。オーストラリア出身のパンクロックバンドであるBodyjarもこの曲のカバーをしていた。
SIMPLE PLAN(カナダ)
パンクロック(日本では“メロコア”という呼ばれ方をしていたらしい)のジャンルの音楽が世界を制覇していた90年代半ばから後半、そしてポップパンクと呼ばれるジャンルの圧倒的な代表であったバンドBlink 182、New Found Glory、SUM41等が2000年代に入り更に目立ち始めた。そんな中、Simple Planもその波に乗り出てきたバンドという印象がある。正直、Blink 182やNew Found GloryまたはSUM41などのポップパンクバンドに比べると(Simple Planは)パンチがなく、全く聴く気にならなかったのだが、この曲だけは憶えている。2002年に発売された「No Pads, No Helmets…Just Balls」というアルバムに収録されている曲である。リアルタイムで聴いた憶えがあるので、2002年の事だった。尚、Blink 182のMark Hoppusも参加している一曲となっている。
SMAP(日本)
スマップのCDは家に何枚かあった。恐らく母親が日本に遊びに帰るタイミングで購入してきていたのだろう。特に進んで聴いていたわけではないが、やはり1998年に発売された「夜空ノムコウ」という曲を(日本から送られてきたビデオに収録された)音楽番組で見た時は、非常に良い曲だと思った。また、とある年の紅白歌合戦の様子をビデオで見た時、SMAPの5人(または4人。リーダーである中居くんのマイクがONになっていたかどうかは不明)は「FLY」を歌っていた。非常にかっこいい曲だと、その時思った。「セロリ」(まぁ、山崎まさよしが作った曲ですしね・・そりゃ良いはず)も「らいおんハート」も、「世界に一つだけの花」も素敵な曲である。「世界に一つだけの花」に関してはピアノで弾き語るのが(下手だけど)好きである。
Smash Mouth(アメリカ)
特に思い入れがあるわけでもないが、繰り返しテレビの(PVがひたすら流れる)音楽番組でこの曲を聴いた憶えがある。
The Smashing Pumpkins(アメリカ)
初めて聴いたのは、いつだっただろう。恐らく、2000年頃だと思われる。後に気付いたのだが、家には上の直美が購入したと思われるこのバンドのCDがあった。1988年にアメリカはイリノイ州で結成されたこのバンドである。グラミー賞のハードロックパフォーマンスで受賞をする程の質を持ったバンドである。初めて「Siamese Dream」(1993年)というアルバムに収録されている「Today」という曲を聴いた時の衝撃はすごかった。曲のイントロのギターのリフは、恐らくロック史上に残る程素晴らしいと本気で思っている。恐らく、Dragon Ashのkjも少なからず似たような感想を持ったが故、自身の曲(「Grateful Days」(1999年))に、このTodayという曲のリフをサンプリングとして用いたのではないだろうか。「Tonight Tonight」(1995年)という曲の壮大な感じも傑作である。リアルタイムで購入したアルバムは「Zeitgeist」(2007年)である。このアルバムは一曲目からThe Smashing Pumpkins 節が炸裂している。グランジロックを代表する世界的なバンドである。世間的には、世界一のグランジバンドはNirvanaだと言われているが、個人的には、The Smashing Pumpkinsの方が、個人的には好きな曲が多く、寧ろこのバンドこそがグランジロック代表ではないかと感じている(または、Pearl Jam)。このバンドの素晴らしいところは、激しいのに美しい、繊細なのに骨太である、という一見共存し得ないと思われる(お互いに対極な)要素が多く含まれた曲が多い事である。
The Smiths(イギリス)
このバンドは映画「500 Days of Summer」で知る事になった。2009年の事だった。アデレードの郊外であるグレネルグ(ビーチで有名な地域)にあるCDショップに車で行き、The Smithsのベストアルバムを購入したのだった。CDショッップで、一緒に行った友達に「The Smithsというバンドのアルバムを探している」と伝えたところ、その会話が耳に入ったのか、見知らぬおばちゃんが「The SmithsのCDならこっちにあるよ」と教えてくれたのだった。尚、ギタリストのJohnny MarrはOASISのノエル・ギャラガーなどにも多大なる影響を与えたとか。また、Johnny Marrは元Red Hot Chili PeppersのギタリストであるJohn Fruscianteの作品(「The Empyrean」(2009年)というアルバムの「Heaven」および「Central」の二曲に)参加したりもしていた。尚、個人的には、Johnny Marrが(ソロとして)歌うThe Smithsの曲「Please,Please,Please, Let Met Get What I Want」(1984年)を初めてYouTubeでみた時の感動が忘れられずにいる。
SNAIL RAMP(日本)
初めてこのバンドを聴いたのは、恐らく2000年頃。キッカケは憶えていないが、「BMW」(1999年)という曲を聴いた時は、相当興奮したのを憶えている。他にも、「Mind Your Step!」(1999年)という曲を聴いた時も、(曲がかっこ良くて)衝撃的だった。友達のカズが持っていたアルバム「Mr.Good Morning」(1998年)をコピーさせてもらい、ひたすら聴いたのだった。このアルバムでは特に「A woman with a story」にはまった。2002年に発売された「GRAVITY」というアルバムはリアルタイムで聴いた。たしか、アデレードハイスクールに短期留学生としてきていた日本人の男の子(典型的なヤンキーであったが、良い奴だった)に借りたのだった。尚、メインボーカルであるベーシストの竹村氏が構えるベースの位置は、今まで見たどのベーシストよりも、低い位置で構えられている。
SNUFF(イギリス)
このバンドとの初めての出会いは、Fat Wreck Chordsのコンピレーションアルバムである「Survival of the fattest」(1996年)というCDで初めて聴いた時だった。恐らく、2000年頃だったと思う。尚、このバンドは相当の親日家(特に、ボーカル・ドラムであるダンカン氏が)であり、日本の童謡などを日本語のままカバー(SNUFFのパンクロック調で)したりもしている。どうやら、Hi-STANDARDはこのバンドに影響を大きく受けた、との事である。Husking BeeにもWalkという曲があるが、或いはSFUFFからの影響なのか。またはPanteraにもWalkという曲があるから、またはPanteraからの影響。はたまた、どちらでもないか。
Something Else(日本)
テレビ番組、「電波少年」の企画で初めてこのバンドを知った。特に好き、というわけではないが、記憶には残っている。どうやらこの曲、1999年発売、との事である。尚、同曲は第41回日本レコード大賞の最優秀作品賞を受賞、第50回NHK紅白歌合戦にも出場を果たした、との事。尚、細野晴臣が動画にて「Buffalo Springfieldというバンドの「For What It’s Worth」が好きで、その曲を理解しようとしたいのだがどうしてもできなくて、そんな時このバンドのメンバーの一人が、「Buffalo Springfieldの曲は、頭で理解しようとしても無理だよ。だって、Something Else(頭では理解できない、別次元のもの)だから」と言っていて、それが印象的でした」という話をしていた。
Spitz(日本)
このバンドは、素晴らしい。曲が、素晴らしい。歌詞が、素晴らしい。全てが、素晴らしい。間違いなく、日本屈指のバンドである。もちろん、1996年9月の終わりに日本を離れる前から、このバンドの存在は知っていたハズだが、しっかりと意識して聴いたのは、オーストラリアに行って比較的すぐ(母親が運転する車で)聴いたのが初めてだったと思われるので、恐らく1997年か1998年だったと思われる。「曲を聴いた人々を、キュンとさせる選手権」なるものがあったとしたならば、間違いなくスピッツは世界のTop3に入るはずである。尚、2020年6月、突然なのだが、「あいみょん」という女性歌手の音楽を聴いてみようと、思い立った。相当流行っており、圧倒的な(特に女性から、らしい)支持を得ているミュージシャンとの事。しかし、全く聴きたいと思っても居いなかったのだが、聴きもしないうちから判断するのも良くないと思い、一度は聴いてみようと、そう思ったのだ。Facebookのタイムラインで((恐らく40代の)知り合いが)「君はロックを聴かない、という曲が素晴らしい」という投稿をしていたのを見たことを思い出し、とりあえずこの曲から聴いてみた。イントロを聴いた瞬間、「お!もろスピッツだ」と思った。メロディーが、スピッツ。素晴らしい。尚、この“あいみょん”というアーティストについて少し調べてみると、「私にとって、スピッツは神」と彼女は言っていた。この曲のスピッツ節が炸裂している意味が、少し、わかった気がした。その日は、一日中、この「君はロックを聴かない」(2017年)をリピートで聴いていた。何度も、何度も、そして何度も聴いた。翌日、ギターを手にして、この曲を弾きながら歌ってみた。何度も、何度も、そして何度も弾いてみた。声に出して、歌ってもみた。尚、スピッツのボーカルである草野氏は奥田民生を大尊敬している。
SR-71 (アメリカ)
夜中にやっていた、PVがひたすら流れる音楽番組で見た。恐らく、2000年の事だった。ファッションや、歌い方、ビジュアル的には(つまり曲以外の)全く共感できなかったのだが、曲だけに集中すると、悪くないな、と、そう思った。そんな一曲。
Steady&Co.(日本)
Dragon Ash, スケボーキング、リップスライムのメンバーから形成されるグループ。個人的にはDragon Ashのkjを大いに尊敬しており、またファンであるので、彼が行うDragon Ash以外の活動も可能な限りフォローしていた(2024年の今もしているが、ここ5、6年の作品は昔ほどのグッとくるものが感じられずにいる)。このグループの唯一のアルバムである「CHAMBERS」(2001年)は、傑作である。特に、「Stay Gold」(そう、もちろんJane's AddictionのJane Saysをサンプリングしている)と「春夏秋冬」は最高にカッコよく、発売から約20数年が経った今も頻繁に聴く曲である。
Stevie Wonder(アメリカ)
具体的にいつ聴き始めたのかは明確には憶えていないが、やはりこのミュージシャンは素晴らしい。いつの時代に聴いても圧倒的なクオリティである。
STR(オーストラリア)
アデレード出身のローカルバンド。2001年に発売された「When Words Fail」というEPを買ったのを憶えている。ライブも観たことがあると記憶する。
Strung Out(アメリカ)
このバンドとの初めての出会いは、Fat Wreck Chordsのコンピレーションアルバムである「Survival of the fattest」(1996年)というCDで初めて聴いた時だった。恐らく、2000年頃だったと思う。このコンピレーションアルバムに収録されていた曲は「Rottin’Apple」だ。衝撃的だった。スピード感、激しいギターなのだが圧倒的なまでにメロディアス。間違いなく、トップクラスのパンクロックバンドである。尚、2021年に入り再度(このバンドに関する)熱が発生し、彼らのアルバム及びEP(「Another day in paradise」(1994年)、「Surburban Teenage Wasteland Blues」(1996年)、「Twisted by Design」(1998年)、「The Element of Sonic Defiance」(2000年)、「An American Paradox」(2002年)、「Exile in Oblivion」(2004年)、「Blackhawks over Los Angeles」(2007年))をメルカリ及びBookoff Onlineにて購入した。「2020年のゴールデンウイークは家にこもり(コロナによる自粛の為)ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」を読んだ」という想い出がある中、2021年のゴールデンウイークはStrung OutのアルバムやEPをネットで探していた。
SUBLIME(アメリカ)
初めて聴いたのはいつだっただろうか。恐らく2000年頃。どうやってこのバンドの事を知ったのかは明確には憶えていないのだが、気がつくとハマっていた。2000年当時は、圧倒的にパンクロックな音楽ばかりを聴いていたのだが、そんな中Sublimeは少し系統が違った。しかし、相当聴き込んだ。惹かれる何かがあったのだ。特にSanteriaやWhat I Gotなどは、夏にビクターハーバーのホリデーハウスに泊まりで行った時に聴いた思い出がある。「Santeria」(1996年)という曲は2024年の今聴いても圧倒的にかっこいい。やはり、質が高い曲は持続性があるとつくづく感じる。
Sugar Ray(アメリカ)
特に思い入れがあるわけではないが、なぜか記憶に残っている曲。
Suicidal Tendencies(アメリカ)
このバンドの曲を初めて聴いたのは、「Freedumb」(1999年)というアルバムを友達の予志也くんに借りた時だった。確か、2000年または2001年頃。しかし、当時は、「ちょっとハードコアすぎるかなぁ」と感じたのだったが、「Freedumb(アルバムのタイトルと同じ)」という曲は、かっこいいと思った。尚、調べてみたのだが、このバンドが結成されたのは1983年との事。相当のベテランバンドである。そして、やはり演奏も(改めてYouTubeで見て)迫力がある、と感じた。尚、2022年7月、YouTubeでSuicidal Tendenciesを紹介する動画を見て、Institutionalizedという曲、及びFreedumbという曲の2曲をAppleのiTunesで購入した。尚、MetallicaのベーシストであるRobert Trujillo氏は元Suicidal Tendenciesのベーシストである。尚、この曲のイントロはDragon Ashの天使のロック(1997年発売)に多大なる影響を与えていると感じている。
SUM41(カナダ)
このバンドは、相当聴き込んだ。初めてこのバンドの曲を聴いたのは、いつだっただろうか。恐らく2001年頃だと思われる。もちろん、「Fat Lip」や「In Too Deep」が収録されている「All Killer No Filler」(2001年)は素晴らしいアルバムだったのだが、個人的には「Does This Look Infected」(2002年)というアルバムに収録されている「Still Waiting」という曲をテレビの音楽番組(PVがひたすら流れる番組)で初めて見た時は、衝撃を受けた。圧倒的なかっこよさ、を見たような気がした。2024年の今でも、「Fat Lip」及び「In Too Deep」のこれらの曲のイントロが流れると、当時(ハイスクール時代)の思い出がドッと押し寄せる。そう、まるでダムの堰が切られ(開けられ)、水がドッと押し寄せるみたいに。
Super Butter Dog(日本)
初めて曲を聴いたのは、恐らく2000年代半ばごろだと思われる。実は、このバンドが(具体的に)どういったバンドなのか、などの情報は一切知らない。しかし、この曲が素晴らしく良い曲だという事は知っている。尚、アメリカ人のミュージシャンであるPriscilla Ahnが英語でカバーしていた。
Supercar(日本)
このバンドの存在を知ったのは、恐らく2000代半ば。そして、この曲のかっこよさに気付いたのは恐らく2000年代の終わりごろだと思われる。この曲は2001年にシングルとして発売されたとの事だ。尚、バンドメンバーのひとりは、“くるり”というバンドの「ばらの花」(2001年)という曲でコーラスとして参加してる。約25年経った今聴いても圧倒的にかっこいい。そして恐らく、更に20年経った時代に聴いても、きっと同じように、「発売から45年経った今聴いても、かっこいい」と言っているのだろう。きっと、そういう事なんだろう。たぶん。
Superfly(日本)
初めて聴いたのは恐らく、2009年頃。特に好きなアーティスト、という事では全く無いのだが、この曲は素晴らしい。「二人で、写真を撮ろう」という歌詞で始まるこの曲、こんな歌詞の曲、素敵でない訳がない。尚、この曲の作詞はSupercarのギタリストであった、いしわたり淳治が担当している。
System of A Down(アメリカ)
初めてこの曲を聴いて感じたのは、「狂気」である。あれは確か、2001年だった。衝撃的だった。今までに聴いた事の無い様なタイプの曲であった。尚、只今調べて知ったのだが、この曲はグラミー賞(最優秀メタル・パフォーマンス賞)も受賞している、との事だ。少し前(2020年6月)に、YouTubeであの世界的なプロデューサーであるRick Rubinが初めてこのバンドのライブを観た時の事を、こう語っていた。「笑が止まらなかった。なぜなら、今までこんなバンドみた事がなく、奏でる音楽も全くもって他の誰とも似ていなくて、全てが圧倒的に凄すぎて、笑が止まらなかった」。
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