化学実験「象の歯磨き粉」泡の色の正体
「象の歯磨き粉」は,高校化学部の実験ショーの定番であります。泡がフラスコから勢いよく噴き出す様子は力動感にあふれており,たちまち観衆の耳目を集めます。また,遠くにいる人たちにも見えるので,実験ショーにとても適しているのです。
さて,この「象の歯磨き粉」では,過酸化水素がヨウ化カリウムを触媒として分解される,次式で表される反応を利用しています。
2H₂O₂→2H₂O+O₂
こうして生じた酸素や水蒸気が,界面活性剤入りの水溶液に包まれ,泡が生じます。これは発熱反応なので,フラスコはたいへん熱くなります。
本題は,この泡の黄色や褐色はいったい何だろうか,というものです。洗剤はほぼ無色でありますし,着色料も入れておりません。
これはおそらく,次の化学反応も起こるからなのでしょう。
H₂O₂+2I⁻+2H⁺→2H₂O+I₂
I₂+I⁻→I₃⁻
結論から申し上げると,この三ヨウ化物イオン(I₃⁻)が褐色を示しているのです。
ここで疑問なのは,このH₂O₂+2I⁻+2H⁺→2H₂O+I₂という化学反応です。これは硫酸酸性において起こるものだと酸化還元反応の分野で学習する反応式です。硫酸はありませんし,左辺のH⁺はどこから来たのでしょうか?
答えは過酸化水素でしょう。実は過酸化水素は弱酸性を示すのです。強酸でもないのに起きるのか,と思いますが,実験結果を踏まえると,この反応は硫酸でなくても起こるものなのだと考えるのが自然です。
追記 8/22
この説明は誤りではないかと今は思います。
過酸化水素の酸性は極めて弱いので中性と見なせるとします。このとき,H₂O₂+2e⁻→2OH⁻(中性・塩基性で起こる反応)となるからです。これと2I⁻→I₂+2e⁻があわさってH₂O₂+2KI→2KOH+I₂となるのではないでしょうか。反応後の溶液のpHを調べたいものです。
泡の褐色がI₃⁻であることは,ヨウ素デンプン反応はもちろんのこと,ビタミンC(C₆H₈O₆)水溶液を加えてみても明らかとなります。
C₆H₈O₆+I₃⁻→C₆H₆O₆+3I⁻+2H⁺
ビタミンCが三ヨウ化物イオン(I₃⁻)のヨウ素(I₂)部分を還元します。I⁻は無色ですので,ビタミンC水溶液を加えると,瞬く間に褐色が消え,真っ白な泡になるのです!ビタミンCが入っていればよいので,たとえばレモンジュースを泡にかけても脱色します。
したがって,「象の歯磨き粉」に着く黄色や褐色の正体は,三ヨウ化物イオン(I₃⁻)であります。
全国の高校化学部の皆さんは,ぜひ参考にしてください。ご覧いただきましてありがとうございました。
<演習問題>
500mLビーカーに34%過酸化水素水25mLを入れる。
⑴このビーカーに硫酸を少量追加したのち,飽和ヨウ化カリウム水溶液10mLを加えた。すると紫色の気体が発生した。この気体の物質名を明らかにしながら,その発生の仕組みを説明せよ。
⑵このビーカーに飽和アスコルビン酸(ビタミンC)水溶液5mLを追加したのち,飽和ヨウ化カリウム水溶液10mLを加えた。反応後のビーカー内の水溶液の色は何色か。
<解答>
⑴ヨウ化カリウムが触媒となる分解反応2H₂O₂→2H₂O+O₂とともに,硫酸酸性の条件下でH₂O₂+2I⁻+2H⁺ →2H₂O+I₂も起こる。前者の過酸化水素の分解反応は発熱反応であり,ビーカー内の温度が高くなる。そのため発生したヨウ素の一部が昇華し,紫色の気体となる。
⑵褐色
C₆H₈O₆→C₆H₆O₆+2e⁻+2H⁺で水素イオンと電子が等しい物質量で生じるが,水素イオンはヨウ素の生成に寄与し(H₂O₂+2I⁻+2H⁺→2H₂O+I₂),電子はヨウ化物イオンの生成に寄与する(I₃⁻+2e⁻ →3I⁻)。過酸化水素由来の水素イオンもあるのでヨウ素生成の方が優勢になり,I₂+I⁻→I₃⁻が起きて褐色を示す。
※褐色になることは実験で確認しました。しかし上記の説明は私の予想に過ぎないので,批判的な目でご覧ください。
ビタミンCの物質量が過酸化水素の物質量より大きいと,おそらく無色になるのでしょう。私はすでに部活動を引退しており,受験勉強に励まなければなりませんので,これを確かめる実験ができないことが悔やまれます。
⑴の実験で発生する気体のヨウ素
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⑴の実験における反応後のビーカー内に残る固体のヨウ素
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