小学生時代の給食事情

どうも、AOです。最近よみがえった記憶。それが今回のお話。

小学生のとき、給食の時間が来ると嬉しかったですか?

自分はそうでもなかったです。低学年の頃はとくにしんどかったです。
これだけ言うと、「なんだ、ご飯が嬉しくないのか」みたいに思われるかもしれないですが、そういうことではないです。はい。


思い出してみてほしいのですが、給食の時間からお昼休みにかけて、ずっと食べてる子っていませんでしたか?下げられた机に囲まれて、一人ぽつんといる子。それが自分でした。
一人でご飯を食べることが嫌なのではなく、あの晒されたような空間、空気感が物凄く辛い。時間内に食べられない自分が駄目だということは分かっているのです。だから恥ずかしさもあって。親や親戚が何気なく、笑い話のノリで「ご飯食べるの遅いなあ」と発しただけで縮こまってました。


ここからは派生したお話ですが...。

今となれば、あのときは自分なりに、必死にみんなと同じように決められた時間で食べられるよう頑張ってたじゃないかと思うわけです。


ただ


「みんなと同じように」決められた時間で食べることを頑張るのか、みんなと同じように「決められた時間で食べる」ことを頑張るのか──


本当はとても大事なことなのに、どこかはっきりしないのです。

「みんなと同じように出来るようになるため」にするのではなく、「決められた時間に出来るようになるため」に、ここでは給食は給食の時間内に済ませる。それを出来るように適度なはやさで食べる。ことを頑張る。


...うーん。


なんだか、「はやく食べなさい」というだけでは、本当に身に付けてもらいたいことって身に付かないと思うのです。低学年であればとくに、「どうして?」という感情が些細なことでも起こりやすい。そういうときにこそ、動機を一緒に考えたり話したりすることって凄く大事だと思います。


給食をはやく食べられないと、下げられた机に囲まれて食べないといけない。だからはやく食べないといけない。


理由が全部そうじゃないですもんね。


動機を探るって難しい。


読んでいただきありがとうございました。

じゃ


(手洗いうがいしっかりと。風邪を引かないように。)

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