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【短編】夏の果て、光が溶ける

初めに

この短編は、X(twitter)で有志が不定期に開催している文芸企画、「○○の137字」第10回、【夏果ての137字】に参加した際の筆者の応募作品から発想を膨らませた補完ストーリーになります。
興味のある方は、ぜひXで、#夏果ての137字 を検索して珠玉の作品たちをお楽しみください。
本編の原案になったポストは、D-2ブロック44番です。

本編

この高校には、屋外プールがある。
初めてあの子を見たのは、そのプールでの合同授業でのこと。
曇天の日だというのに、あの子の周りだけ光っていた。
照らされているようでも、自ら光っているようでもあって、そんな輝きを見たことがなかった私は、ただただあの子から目が離せなかった。
本当に、同じ人間なの?
きっと美しさに定義があって人間の形をしているのだとしたら、それは間違いなくあの子。
それ以来、私の学校生活は彼女を見つけ、彼女を追い、彼女に憧れるだけのものになった。

1年目。
せめて性格くらいは醜いのだろうかと思ったけど、あの子は性格まで良いらしい。
いつ見つけても笑っていて、男女問わず話してはしゃいでいて、声まで涼やかで軽やかで、その笑顔を私に向けて欲しいとどれほど願ったか。
でもきっとあの子は、今あるものだけで十分なのかな。
それともそういう運命だったのか。
あの子と私は同じクラスになることはなかったし、教室も離れていたし、合同授業はたまの体育と、夏のプールだけ。
でもつまり、少なくとも私は、彼女の美しい姿をちゃんと間近で見られたというわけだ。そして目が合った時に、かすかに笑ってくれたのも覚えている。
それだけで、幸せだったのにな。1年目はね。

2年目。
あの子は、相変わらず私には光って見えたけれど、その光が見えない人もいるみたい。
ころころとよく笑っていたのにその笑い声を聴くことは減ったし、去年彼女の周りにいたアノ子たちは、なんだか彼女を遠巻きにして、嫌な感じでひそひそしている。あの子は一人になることが増えていた。盗み見た表情は、寂しそうにしていた。
ねえ、私はそんなことしないよ。友達になってよ。
ねえ、こっちを見て?
何があったの?話、聞くよ?もしくは何も聞かないよ。友達になろう?
私、ずっとあなたを見てきたから、少しは知ってるからさ。
ずっとそう言いたくて、言えなくて、結局彼女も気づいてはくれなくて、そうして私もひとりのままだった。一緒、なのかな。

3年目。
それでも私はあの子に近づけなかった。
見ているだけの私には、近づく権利も気づいてもらう資格もないのかもしれない。
彼女はもはや、ひとりでいることが快適ですらあるようだ。
以前のように無邪気な姿は見せずとも、いつも凛と背筋を伸ばして歩く姿は、相手を替えてつるんでくだらない話をすることしかしないアノ子たちと比べようもない。
やっぱり綺麗だなぁ。本当に綺麗だ。
どうして私はあの子の隣にいないんだろう。あの子と一緒じゃないんだろう。私はずっとひとりだけど、貴女みたいに平気なんかじゃない。
ねえ。分けてよ、一緒にいさせてよ。どうしてそんなに綺麗なの?
少しは教えてよ。こんなに見てるのに。

3年目、夏の終わり。
今年最後のプールの授業が終わった。彼女は来なかった。
誰もその話はしなかったし、気にする様子もない。
一人で気にしている私を気にする人もいなかった。最後の授業も曇天だった。
放課後、またプールに来てみた。
本当の泳ぎはうまくならなかったけど、あの子と一緒にいた時間の中をもう1度泳ぎたかったから。
でもね、そしたら、あの子がいたの。
ひとりで、ほの冷たい水の中にぽちゃりと居た。
すぐわかったの、だって私にはあの子はいつも光ってみえたから。
私もプールに、そろりと入って、彼女に近づく。
絶対に気がつくよね。きっと話せるよね。少しは一緒に泳いでくれるよね。
私もずっとひとりで、貴女とだけ仲良くなりたくて待ってたんだから。
でも。
あの子は、私に気がついても
何の感情も瞳に浮かべない。
私のことなんか知らないみたいに。
思わずあの子に手を伸ばす。長い髪に触れた。
瞬間。
何の感情もなかった瞳に「嫌悪」が浮かんで、私の手は乱暴に振り払われた。触るな、と言っていた。言わなくてもわかった。
嘘でしょ。
ねえ・・・嘘でしょ。
一緒に泳いだよね、笑いかけてくれたよね。ずっと見てたのに。
綺麗だねって、友達になろうって言いたかっただけなのに。なんで?
私も貴女の仲間になりたいだけなのに。
どうして・・・?
思わず腕が伸びて、彼女の細い頸を目指す。
10本の指がその頸を包んで、勝手に、めいっぱい力がこもった。
私はどんな顔でそんなことをしたんだろう。
あの子はどんな顔をしていたんだっけ。苦しそうにしてたんだっけ。
華奢な腕で精一杯暴れていたとは思う。
それも長くは続かず、だらりと力が抜けた時、私の指も勝手に緩んだ。
曇天の夕暮れの中、彼女は水底に沈んでいく。長い髪が揺れ、華奢な手足が優雅に踊るように沈んでいく。彼女の放つあの光も、ゆっくりと、水に溶けていった。
・・・やっぱり、こんな時も綺麗なんだ。
冷たいはずのプールの水が、彼女のいた場所だけ暖かく感じた。



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