【2つめのPOV】シリーズ 第6回 「しがみつく」 Part.8(No.0236)



パターンA〈ユスタシュの鏡〉


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Part.8

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こうした『上級国民軍』の下部組織の敗走という結果を受けた敵国司令部は、今度は上層部の中でも顔の知られた人材を直接 "前線" に派遣する方向に切り替えた。


この作戦変更には、下の者の責任を取る意味もあるが、しかしこれはこれで理のある作戦だった。


前回のネットによる情報工作作戦の敗因は、無名のネット傭兵部隊による工作情報では信頼性に疑いが持たれるようになったことと、各戦闘員の能力も低かったために破壊力を得られなかったことが原因である。


したがって、予め信頼性や経験、能力のある人材を前線に送り込めば効果はあると踏んだのだ。


たしかにそのとおりだ。また、有名でありかつ肩書もある人物を採用するため、『上級国民軍』の最大組織の一つである "諜報部" の大手マスメディアが同時に活用出来ることも大きい。特にテレビ、新聞は未だに拡散力と一般社会的信頼性が桁違いだ。


ただの一般ネット傭兵が作成したアカウントなどを大手で取り上げるのは信憑性が弱く、資金提供先のスポンサーを説得出来ないが、既に名が知られている人物ならば通りが良い。


そこで使われるのが、この "諜報部" 大手マスメディア直属の下部組織である "サーカス部隊" 、つまり芸能部だ。


名と顔が知れた芸能部の人材は、それだけで訴求力があり資金も集まるため即戦力として配備しても支障は無い。


だが『上級国民軍』の特徴はこのサーカス部隊の人材も持ち合わせており、彼らの多くもまた実際には何の能力も無く、ただ上層部との血縁関係があるだけでスポットライトを当ててもらっているに過ぎないものばかりだ。
従って相変わらず中身は無いに等しいのだが、しかしそれでも一応は彼らとて『上級国民軍』の英才洗脳調教育はしっかりと実装済みなので、とにかく指示に従う程度は出来る。
ごく一部の "ライター" が作成したスクリプトの通りに喋り、動き、表情を変えることは出来るのだ。それは普段から彼らが行っていることなので何の抵抗も無い得意分野である。

このサーカス部隊には芸人だけが所属している訳ではない。


ここには政治家、スポーツ選手、アーテスト、学者、識者、文化人、歌手、役者、YouTuber、Vtuberなどがいる。

それぞれが自分たちに割り当てられた分野に対してその影響力を使い、現場の "掌握" や "攻撃" を仕掛けるように指示を受けている。


世の中の多くの人は、大抵がどこかしらの部分で、彼らサーカス部隊に間接的にでも接触する。
サーカス部隊の隊員は接触してきた人物を見てくれやトークやネタやエログロを駆使して抱き込む。
部隊の連中に気を許し、その "ライター" が用意した "エサ" に引っかかってボンヤリした人間のイニシアチブを取ってしまうのが彼らの仕事だ。

いわば食虫植物のような "ブービートラップ" である。どの部門であっても、どんな趣味嗜好であっても、どんな年齢の人物でもだ。


どんな思想思考の持ち主であっても "誰一人として逃さない(S.D.G.S)" ジェノサイドプランは、とっくの昔から展開してきたのだった。


野球好きな人専用、サッカー好きな人専用、ゴルフ好きな人専用、将棋好きな人専用、囲碁好きな人専用、釣り好きな人専用、アイドル好きな人専用、関西芸人好きな人専用、関東芸人好きな人専用、ゲーム好きな人専用、アニメ好きな人専用、映画好きな人専用、音楽好きな人専用、俳優好きな人専用、作家好きな人専用、歌手好きな人専用、学者好きな人専用、有識者好きな人専用、若手議員好きな人専用、話の面白い学者気取りが好きな人専用、一見社会的に受け取れる題材の嘘知識をひけらかして頭を良さそうに振る舞う芸人出身者が好きな人専用、肥満で変質者で前科者の銭ゲバが好きな人専用、売国奴の奴隷派遣商人が好きな人専用、性格が破綻し人を罵倒し蔑むことしか出来ない知識人気取りで裁判から逃げ続ける中年が好きな人専用、排泄物の摂取を日々欠かさず行う関東の落選議員が好きな人専用、背中に入れ墨が入っている性格と顔の歪んだ政治家が好きな人専用、カルト宗教専用…


どんな方向にも対応出来る、横に並んだバリエーションは勿論のことだが、彼らはその奥行きにも配慮をしている。

浅いものが好きな人専用、若いのが好きな人専用、ちょっと難しめな言葉を使いつつも低俗な笑いをタイミングよく入れてくれる程度の深みが好きな人専用、動物並の条件反射がいい人専用、見た目以外には何も反応できない人専用…

縦方向も横方向にも対応する小部隊を編成していたので、この作戦の根は相当に深かった。


誰もが必ずといっていいほど、この中のどれかに当てはめられた。
呆れるような話であるが、しかしこの悪の網が生まれたときから存在して、自分たちの周りが全てそれを受け入れていたのなら、拒否することは出来ないし、そもそも拒否をする選択肢が自分にあることすら気づけ無いのも当然なのだ。


とりわけ、すでにこの時代では、人々の親自身がこの網に首まですっぽり引っかかっているため、その下の世代にはどうすることも出来なかった。


こうして、これまで以上に更に強力に配備されたサーカス部隊による一斉攻撃が始まった。


サーカス部隊の各工作員が持つ強力なネームバリューからくる信頼性と拡散力に加え、更に既存の "諜報部" である大手マスメディアも後押しして倍増された破壊力は恐ろしく、実際かなりのものであった。


その激烈な破壊力は、現在でも彼らに引っ掛けられた網に気づくことが出来ず取り外せなかった多くの弱いものたちの命を奪っていった。


我が軍にとってはこの攻撃は脅威だった。


しかし、恐れを感じたのもつかの間、敵軍にとって肝いりの作戦も、またすぐに役に立たなくなってしまった。



なぜなら、その前線へ派遣された上層部やサーカス部隊の人材の多くは、前線へ派兵されたその時点で既にロートルであり、これまでに散々使い倒されてきたセコハンばかりだったからだ。


スネに傷持つなんてものではなく、背骨がミッシリへし折れた者まで前線へ送り込まれ続けていたのだ。


そのために大手マスメディアが一生懸命に後押しをしても、それがかえって彼らの醜態や無能ぶりを拡大してしまう結果になったのだ。


それまでは一定のカリスマ性を帯びていたものでさえも、堂々と表舞台へ駆り出されてみると、実際はみすぼらしい言い訳ばかりの中年であることがバレてしまい、唯一の売りだった知的部分も実は底の浅い幼稚な屁理屈に過ぎなかったことが暴かれ、結果ただいたずらに人材を消耗し自滅するだけになってしまったのだった。


それほどまでに、もはや『上級国民軍』にはまともな兵力は無かったのだ。思った以上に彼らの人材不足は深刻だった。


このような敵軍の醜態ぶりには流石に我々も驚いた。かなり研究を進め連中の実態を理解しているつもりの私達でさえも、ここまで敵側が愚かだとは思っていなかった。そしてこの現実の情報をすぐに研究にも取り入れた。


彼らは上の人間も末端の者も関係なく、全員とも頭が働いていないことが共通点だった。派兵されたサーカス部隊の工作員たちの誰も彼もが、自らで感じ取り、考えることなどが出来ずまともな受け答えすら満足に行かないほど思考は停止していた。その、やらされてる感満載の言動はかえって一般市民からも反感を買い、疑いを持たれるきっかけを作る大失態を犯したのだった。


しかしそれは、彼らの組織としては当然だった。



そもそも、思考が停止していて自分では何も考えられない人間でないと『上級国民軍』としては失格なのだ。


上層部の指示に、彼らの用意した "スクリプト" に、ただひたすら忠実に動くだけの存在でないと組織全体も、そしてその後の彼らが理想とする世界全体も回らないのだ。つまるところ、この作戦による失態は必然だったのだ。


彼らは上層部のごく一部で決定した内容をトップダウンで推し進める。その命令を受ける下のものの存在など気にもしない。


その作戦が実際の現場でどのような結果を招くかなど、彼らには想像も出来ない。ただ自分たちの傲慢な理想を力づくで押し付けるだけである。


そしてその押し付けられる対象には、敵である我々『下級国民軍』や非戦闘員の存在も勝手に組み込んでいる。
彼らは他者の個性や個人の事情など全く配慮しない。気を配るのは自分たちの血縁者に対してだけである。


つまり『悪』の "光学迷彩" は我々にも攻撃的に使用されている。
彼らにとって、血縁以外の存在は全て "透明人間" なのだ。





今この目の前にある、汚らしい壁の向こうで声を潜ませている老夫婦も、今の私にはすっかり透明な存在になった。


私はキャップを深めに被り直しながら歩き出した。
通りへ抜ける間、途切れること無く横にそびえ立つこの不潔なコンクリ壁には、未だに腐りかけのポスターが貼られたままだ。


それを目にしたくなかったのでキャップのツバを目深に下ろしたのだ。



通りに出ても人影はまばらだった。
私はそのままゆっくりと駅へ向かって歩き出した。


目の前には、私と同じように駅へ向かう勤め人の姿がチラホラと見える。


背中越しなので良くわからないが、おそらく彼らは顔に雑巾を付けていないだろう。


何故ならば、もうすでに彼ら『上級国民軍』は敗走しているからだ。



前にあった、あの灼熱の真夏に開催された『悪の祭典』。あれが最大のきっかけとなり、彼らは敗走した。


自分たちで起こしたウイルス騒動を理由に、はじめから開催を中止する予定であったこの祭典は、彼ら『上級国民軍』の内部紛争が原因でうまくゆかず、グズグズのままに開催されてしまったのだった。


もとより開催前からズタボロであったものが、いざ開催されてうまくゆく訳がなく、失態に次ぐ失態、醜態に次ぐ醜態を晒すことになり、上層部は責任のなすり合いで全く機能を失ったのだ。


そしてその姿を見た、それまで未だに『上級国民軍』のプロパガンダに洗脳されてきた者たちも呆れ返り、彼らから離れていったのだ。


その離れていった者たちは、今まで散々奪われ苦しめられてきた反動から、一挙に我々『下級国民軍』側に付いたのだ。


そして我々はそのタイミングをつかみ、彼らに『真実』を伝えていった。


彼らはこれまで自分たちの頭や心に入っていたものを捨てたことで、我々の情報を実にすんなりと受け入れた。


そして彼らはその『真実』を武器に、盾にして『上級国民軍』兵と工作員たちを滅ぼしにかかったのだ。


もともと『上級国民軍』内の人間関係は金だけで成立していたので、上層部の混乱で末端の現場への賃金が滞ってしまったために傭兵たちもやる気を失っていた。


そこへきて我が『下級国民軍』の猛烈な反撃に恐れおののき、彼らは逃げ去っていったのだった。



こうしてこの数年で世界が大きく変わった。


『上級国民軍』はまだ存在している。だが、すでに事後処理のために生かされているに過ぎない。彼らはすでに力を失っている。
それまで掴んできた手綱は全て断ち切られた。彼らが今握っているものは、これまでの罪と責任だけである。


彼らは全て、これまでの罪を償うこととなった。
それもたっぷりと利子の乗った状態で。



今は、まさに世界が変わってゆく状態にあるのだ。


この歩き飽きた凡庸な道でさえも、それは数年前とはまるで違う存在になったのだ。

前を歩く男たちの顔を見ずにして、雑巾の存在を言い当てられるのはそのためである。



私は感慨深い思いを懐きながら、同じように駅へと急ぐ人たちについて歩いていると、不意に前の男が横へとずれて道を開けた。


視線を先に伸ばすと、向かいから早朝のジョギングをしている男が向かってきていた。


私はそのサングラスを付けたジョギング男の姿を確認した。
そしてすぐさま "銃火器" を身構えた。


なぜなら、そのジョギング男は "顔に雑巾を付けて" いたからだ。


そしてその男は明らかに私に対して "銃撃" しようと狙いを付けていた。
私にはそれが分かる。


ジョギング男は、私の横を通り過ぎる手前で、サングラス越しに私を睨みつけながら、



"自分の顔雑巾の位置を修正するようにグイグイッと掴んで動かした" 。



私はそのジョギング男の "発砲" に合わせて、ほぼ同時に "同じ動作" を "発砲" して反撃した。




Part.9につづく


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