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短編小説『黒い赤ん坊』

この辺りの通りから見える遥かな空が、真っ赤に焼けているのは夕刻のためでしょうか。魂を抜かれたような顔をした人々ばかりが通り過ぎていくのは、今の世の習わしなのでしょうか。

ふと、道の端の方から赤ん坊の泣き声が聞こえてまいります。よく見ると、二人の泣きわめく乳飲み子が、道の端に捨てられています。どちらも仰向けになって、母親を求めて泣き続けています。

通り過ぎる人々は、捨てられた赤ん坊など見慣れているのでしょうか、赤ん坊がいくら泣いても、ありふれた日常の風景のように気にかけるものは誰もおりません。

いいえ、そんな人たちばかりでないようです。向こうから、子供を亡くして気を取り乱したのか、狂ったような叫び声を上げながら、粗末な身なりの女が現れました。

「私の、私の子供はどこに行ったの・・・。私の大事な赤ちゃんは、どこに行ったの!」

女は赤ん坊の泣き声に気が付きました。二人の赤ん坊を見つけると駆け寄りました。

「こんなところにいたの、私の赤ちゃん。ごめんなさいね。お母さんが悪かったわ。お母さんを許して・・・」

女は一人の赤ん坊を拾い上げると抱きしめました。女に抱かれた赤ん坊は、安心したのか泣き止みました。もう一人の赤ん坊は、赤い顔を大きく振って泣き続けています。

「もう二度とあなたを手放さないから、お母さんを許して頂戴・・・」

女は赤ん坊を大事そうに抱きしめたまま、涙を拭きながら連れ去っていきました。

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人通りの途絶えた深夜でございます。二つの人影に曳(ひ)かれた荷車が停まりました。そこは女が赤ん坊を連れ去ったところです。置き去りにされたもう一人の赤ん坊がまだ横たわっています。泣き疲れたのか、今は静かに眠っているようです。

二つの人影は、荷台から一人の乳飲み子を抱き上げ、道端で眠る赤ん坊の横に置くと、荷車を曳いて立ち去りました。今置かれた乳飲み子は、大きな声で泣いています。その声に起こされたのか、もう一人の赤ん坊も一緒に泣き出しました。

真っ暗な夜空に、二人の赤ん坊の泣き声が響き渡っておりました。

「どうか私に子供をお授けください、閻魔様」

ひざまずく女は、黒く変色して腐った赤ん坊の遺体を抱えています。女の見上げる神殿から閻魔大王が見おろしています。

「私に、生きた子供をお授けください。お願いです、閻魔様」

伸び放題の髪を垂らした女の顔はやつれ、やせ細った体を包む着物も、汚れて哀れに見えます。

「生きている時に子供を殺したお前が何を言うか!」

閻魔大王は、地面を震わすような低い声で女を叱ります。

「お前はあと百万回子供を死なせるのだ!」

「私は愛した男に裏切られて生きる希望を失いました。どうしても子供を残しておけずに一緒に死んだのです。悪いのは私を捨てた男です」

女は髪を振るわせて叫びます。

「まだそんなことを言っているのか!そんな男に惚れたお前に罪はないのか?お前だけ死ねば良かったではないか?」

閻魔大王の大きな目が女を睨みつけました。

「お許しください。親のない子にしたくなくて、私は子供を殺(あや)めてしまいました。一人残った子供が不憫で」

女は抱えた赤ん坊の遺体を抱きしめます。

「愚か者めが!お前のような親はいない方が子供は幸せじゃ!子供は一人でも生きていけるように送り出しておるのだ」

閻魔大王は唾(つば)を吐き捨てました。

「お願いです。子供だけでも生き返えらせてください、子供には罪はないのですから。私は何百万回でも子供を探し続けますから」

女の顔をじっと見つめていた閻魔大王は、横に控える側近の鬼に何かを命じた。すると女の姿は赤ん坊の遺体とともにこの場から消えてしまいました。

朝焼けなのか、夕焼けなのか。この通りから見える空はいつも真っ赤に染まって見えます。

今日もまた、一人の女が狂ったように彷徨(さまよ)いながら、向こうの方からやってきました。女は道端に捨てられている二人の乳飲み子を見つけると、一人を抱き上げ、歓喜の涙を流しました。

「私の赤ちゃん、こんなところにいたの?ごめんなさい・・・お母さんを許して・・・ごめんなさい」

女は抱きしめた赤ん坊の顔を覗き込みました。

「もう二度と離さないから、お母さんを許してね・・・」

女は赤ん坊に頬ずりしようと顔を近づけました。すると、今まで元気に泣いていた赤ん坊が泣くのを止め、みるみる内に血の気が引いて息をしなくなりました。

「どうしたの?私の赤ちゃん、どうしたの?」

赤ん坊の体はあっという間に黒く変わってしましました。

女は死んだ赤ん坊を抱きしめて泣き崩れました。

「ああ、神様はどうして私を苦しめるの?こんなに子供を愛しているのに」

その頃閻魔大王の神殿では、大王が側近の鬼に尋ねていました。

「ところであの女はどうした?」

鬼はかしこまって答えました。

「相変わらず自分の不幸を嘆いております」

「死んだ子はどうした?」

閻魔大王は少し口元を緩めながら訊いた。

「はい、賽(さい)の河原に流しているようです」

「全部流してるのか?一人も手元におかずに?」

「はい全て流しています」

「ところで、どっちの子供を拾って行った?」

「はい、いつも五体満足な子供の方ばかりでございます」

「手足のない子供は選んだことはないのか?一度も?そうか。まだ性根が直らんようだな。まだ百万回の三百回目じゃから無理もないか」

閻魔大王は鼻先に飛んでいた蝿を握り潰すと、口の中に放り込んだ。

あの通りでは、今夜も二人の鬼が荷車に乳飲み子を乗せて、暗闇の中に捨てに行くのでした。

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