サンタモニカに行きました。⑦
消えてもいいですか?
サンタモニカ滞在の三日目、浩美に連れられてゲティ美術館を訪れた。ジャン・ポール・ゲティという石油王の私財から作られた美術センターということだが、その規模の大きさは目を見張るものがある。建物は十以上あり、中は路面電車のトラムで移動するほどの広大さだ。収蔵されている美術品は、モネ、セザンヌなど欧州の著名な絵画から現代の彫刻まで、質・量ともに圧巻のコレクションだ。
はじめは、その充実した内容に圧倒されていたが、少しすると時差のせいか貧血気味になった。「ごめん、ちょっと休んでくるね」と浩美に断り、「庭園」という矢印に従って外へ出た。
「うわ、すごい」
ゲティ・センターは、サンタモニカの丘陵地帯に展開している。南方にあるサボテン庭園に出ると、そこからはロサンジェルス全体が臨めた。周囲の山々から吹いてくる風は、あらゆる方向から吹いてきて身体を包み込む。もう少し風が強ければ凧のようにさらわれそうだ。それにしても見晴らしがよい。この円形庭園は高台にあるのに仕切りがないからだ、と気づく。足を滑らせたらサボテンの密森の中に落下するだろう。その考えに鳥肌が立つ。それなのに、身体は何故か前へと踏み出す。
先端まで来て眼下を見ると、大都会が広がっていた。視線を少し上に向けると、乾いた空が何処までも続いている。聞こえるのは風の音だけだ。ふと、「今なら飛べる」、という、内からの声が聞こえた。今なら風に乗って行ける。きっと大丈夫。そっと目を閉じる。
その時、風がシュッと耳をかすめた。はっと我に返る。足元を見ると今にも落ちそうで、思わず後ずさりする。心臓がドクンドクンと鳴っている。逃げるようにその場を去った。
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