【4】この子は誰だ?
動けるようになったクマちゃんは、毎日リハビリを受けることになりました。
主なリハビリは3種類。
手を動かす、身体を動かす、頭を使うを毎日繰り返し行います。
剣道で鍛えていたからか、手足の動きは問題なかったのですが、この頃からクマちゃんの様子がおかしくなってきました。
毎朝、名前と日にち、どこの病院にいるのかを尋ねられるのですが、名前以外は答えられない。
付き添っている私や義母のことも「この人たちは誰ですか?」と聞かれても、「近所のお節介なおばさんです」とふざけているのか、本当にわからないのか思い出せないようなんです。
一番ショックだったのは、子どもたちが病室に入ってきたときのこと。
「いいのか?」と私に聞くので、なんでだろうと思ったら
「この子たちは誰だ?勝手に人の病室に入れていいのか?」と聞いていたんです。
ついに自分の子どもの顔もわからなくなってしまった……。
少し起きていると、頭が痛いと横になり、すぐに寝てしまうクマちゃん。
好きなキャンプや料理の雑誌を持っていっても興味を示さないクマちゃん。
あんなにおしゃべりだったのに、話さなくなってしまったクマちゃん。
家族の顔も名前もすっかり忘れてしまったクマちゃん。
うつろな目をして、ただ一日ボーっとしているクマちゃんは、私が今まで暮らしてきた人とは違う、まったくの別人になってしまいました。
このまま私のことも思い出してもらえないんだろうか。
出会ったことも、結婚していたことも、子どもができたことも忘れたままなんだろうか。
家には儀父母が滞在していたので、一人になれるのはベッドの中だけ。
小さな息子を抱えて眠れず、夜になると泣いてばかりの日々が続きました。
3回目 水頭症シャント手術
「ご主人は水頭症です」
記憶障害がひどくなってきて、主治医からこの病名を告げられました。
くも膜下出血の後遺症で起こる病気で、脳脊髄液が頭に溜まり、脳を圧迫して、認知症の症状が出ているそうです。
脳髄液が脳に溜まらないようにするため、クマちゃんは3回目の手術を受けることになりました。
脳室-腹腔シャント(V-Pシャント)といって、
シリコン製チューブを頭からお腹までの皮下を通し、これにより脳の中にたまっている脳脊髄液を腹腔に流して排出する水頭症の治療法です。
手術ではまた頭蓋骨に穴をあけるので、全身麻酔の同意書にサインが必要でした。
3回目ともなると慣れてきますが、サインする度に「このまま目が覚めなかったらどうしよう。このまま生きて会えなくなったらどうしよう」と考えてしまい、手が震えました。
今回の手術は比較的早く終わり、2時間ほどでクマちゃんが手術室から出てきました。
術後の説明で知ったのは、頭の中に髄液の流れを調節するバルブが埋め込まれているということ。バルブは磁石式なので磁気の強いところに行かないようにとのことでした。
たしかにCTの画像を見ると、クマちゃんの頭には歯車のようなものがあります。
「なんかキカイダーみたいだね!」なんて笑っていましたが、
「この歯車が壊れることはないんだろうか、チューブがつまることはないんだろうか」と、クマちゃんの身体の一部が機械になってしまったような気がして、なんとも言いようのない不安が頭をよぎりました。
そして、その不安が目に見える症状であらわれたのは、数日後。
クマちゃんの身体にまた異変が起きました。