ライドシェア解禁からオンライン診療まで:日本におけるパブリック・アフェアーズの成功事例
2024年4月、ついに日本でライドシェアが解禁されます。ライドシェアとは、一般ドライバーが自家用車で乗客を目的地に運ぶ、いわば相乗りサービスです。都市化と高齢化が進み、車を持たない人や自家用車の運転が難しい人が増える中で、ライドシェアは人々の移動の利便性を高めるシステムとして期待されています。
しかし日本ではもともと、一般人が自家用車で人を運ぶことを違法行為としてきました(いわゆる「白タク」)。つまりライドシェア解禁は、白タクの合法化ともいえるもの。当然タクシー業界にとっては痛手であり、乗客の安全性をどう保証するかも問題になります。つまりライドシェアはただの便利なサービスではなく、既存の交通システムや法規制に対する挑戦状でもあるのです。
このように新しい技術やビジネスモデルを社会に持ち込もうとするとき、それが既存の枠組みとぶつかることがあります。こうした状況下では、企業がどのように公共政策に関与し、影響を与えるか、つまり「パブリック・アフェアーズ」の戦略が重要です。
特に、ミドル〜レイターフェーズのスタートアップにとっては事業成長の鍵ともいえるパブリック・アフェアーズ。この記事ではその概念を整理し、日本での成功事例を紹介します。
パブリック・アフェアーズとは?
パブリック・アフェアーズとは、企業や組織が政府や世論に対して行う、公益性を重視した働きかけのことです。幅広いステークホルダーとのコミュニケーションを通じた関係構築という側面から、パブリック・アフェアーズは「広報・PR」に含まれる活動だといえます。
パブリック・アフェアーズと似た概念に、ロビイングや陳情のような「ガバメントリレーション」がありますが、両者にはその性質において大きな違いがあります。
ロビイングや陳情活動が特定の政策や法律に対して、しばしば密室で行われるのに対し、パブリック・アフェアーズはよりオープンで透明性のあるアプローチを取ります。
また、ガバメントリレーションは政府との関係に特化した働きかけですが、パブリック・アフェアーズはより広範なステークホルダー、例えばメディア、一般市民、NGOなどとの関係構築も含む活動です。
スタートアップこそ重視すべきパブリック・アフェアーズ
マルチステークホルダー型の現代社会においては、政府や公的機関だけではなく、社会全体と良い関係を築き、公衆の理解を得ることが重要です。
とりわけ、新しい技術やサービスの導入を目指すスタートアップ企業にとって、パブリック・アフェアーズが避けて通れない領域となってきました。社会にインパクトを与えるイノベーティブな事業展開のためには、政策立案者やアカデミアの研究者、一般市民との積極的な対話を通じて、幅広い人々から理解と支持を得ることが成功の鍵となります。
そしてスタートアップが成長し、社会における役割が大きくなるにつれて、パブリック・アフェアーズの取り組みはより重要になってくるでしょう。
事例① オンライン診療の導入
スマートフォンやタブレットなどを用いて、インターネット経由で診察が受けられる「オンライン診療」の利用が広がっています。自宅やオフィスなど好きな場所で受診でき、待ち時間も短縮され、院内感染や二次感染のリスクも防げる。このようにいくつものメリットを持つオンライン診療は、多くの人にとって便利な制度です。
しかしつい最近まで、オンライン診療を利用できる人は非常に限られていました。対象が糖尿病など一部の病気に限定されていたり、前提として3ヶ月連続の対面診療が必要だったりと、多くの制約があったのです。
このような状況を打破しようとパブリック・アフェアーズに取り組んできたのが、2016年からオンライン診療サービスを提供している株式会社メドレーです。メドレーは、オンライン診療の普及を妨げるさまざまな要因(診療報酬の低さ、医療の質低下への不安など)を解消するために、各ステークホルダーとの対話を続けてきました。
総務省出身者をパブリック・アフェアーズ担当者として起用して行政・公的機関との関係構築を進める一方、実態調査レポートやnote投稿など、一般向けのわかりやすい情報発信にも積極的です。こういった幅広く丁寧なコミュニケーションの蓄積が、日本の医療DXを前に進めています。
事例② 経費精算の電子化
デジタル化およびキャッシュレス化の流れの中、企業の経費精算の電子化に向けた規制緩和が進んできました。スマートフォンやデジタルカメラを使用した領収書の電子化すら認められなかった2015年までの状況から打って変わって、2020年度の改正ではキャッシュレス決済の利用明細データを領収書の代わりとして使用できるようになり、この2024年1月から「電子取引のデータ保存」が義務化され、経理業務のあり方が大きく変わっています。
こういった一連の規制緩和を民間企業の立場で牽引したのが、米国に本社を置き、日本でもトップシェアを誇る出張・経費管理クラウドサービスを提供する株式会社コンカーです。政界のキーパーソンや業界団体へ働きかけ、電子化を進めることがいかに各方面でのメリットになるかを訴え、税制改正の草案づくりにも取り組んだといいます。
コンカーは単に制度改革を推進するだけでなく、そのプロセス自体をマーケティングの一環として活用しました。規制緩和の中心的役割を担いながら、税制改正に合わせてプロダクトをリリースし、市場をリードするポジションを確立したのです。
また、スマートフォンを用いた領収書の電子化ガイドブックを無償配布することで認知度を高め、経費精算システム・経費管理クラウドにおけるトップシェアを獲得しました。担当者が自社の企業活動を総合的に捉えながらパブリック・アフェアーズに取り組んだことが、この事例の成功要因の一つといえそうです。
事例③ 保育制度の改革
2026年、親が働いていなくても子どもを保育園などに預けられる「こども誰でも通園制度」が全国で本格展開されることになりました。誰でも保育園に通える環境が整備されることで、子ども同士で過ごす経験が得られるほか、家庭に閉じた子育てによる育児疲れやそれに由来する虐待を防ぐ効果も期待されています。
この改革につながるパブリック・アフェアーズを実施したのが、認定NPO法人フローレンスです。フローレンスは、親の就労環境などで決まる「保育の必要性」の認定がなくても、希望するすべての親子が保育園を利用できる環境を目指し、政策提言活動に取り組んできました。
その際のクリエイティブなアプローチにも注目です。フローレンスは「無園児」という新語を開発することで効果的に社会課題を広め、多くの人から関心を集めました。
ちなみにこの改革には、フローレンスの保育現場の取り組みも一役買っています。現場のスタッフが、既存の枠組みからこぼれ落ちてしまう親子や孤立した子育てをしている親子のために今できることを考え、独自に「定期的なお預かり」の仕組みを構築しました。その取り組みがメディアに取り上げられ、世間の人々に課題が届いたのです。このような実践と、新語開発のような発信の工夫が組み合わさり、社会が大きく動きました。
事例④ 電動キックボードの普及
いま、新たなモビリティとして「電動キックボード」が注目されています。2017年頃から世界で普及していた乗り物ですが、日本では2023年にようやく解禁されました。シェアリングサービス「LUUP」も広まり、電動キックボードで街なかを移動する人の姿を見かける機会が増えましたね。
従来の道路交通法では、日本の公道を電動キックボードで走ることはできませんでした。そこで「LUUP」を運営する株式会社Luupを中心とした業界団体が設立され、法改正に向けたパブリック・アフェアーズの取り組みが進められてきました。
団体設立によって業界内の協力関係を築きつつ、複数の関係官庁との協議、議員連盟の組成など政府機関への働きかけをおこない、それらと並行して実証実験による安全性検証の実績を積み重ねました。これらのアクションが法律改正に向けた議論を加速させ、2023年7月に改正道路交通法が施行されて、日本で合法的に電動キックボードが走行できるようになったのです。
人の移動に新たな選択肢を増やした電動キックボード。環境負荷が小さく、人口減少で公共交通機関の維持が困難になった際の代替手段としても期待されています。その導入は、多角的なコミュニケーション戦略なしには成り立たなかったといえるでしょう。
まとめ
今回の記事ではパブリック・アフェアーズの概念を紹介し、4つの事例をみてきました。世の中を大きく変える革新的なサービスほど、その導入において法律や規制の壁が立ちはだかることが多いもの。より良い社会を実現するには、あらゆるステークホルダーと協力しながらその壁を乗り越えることが重要です。今回ご紹介した内容を、自社のコミュニケーション戦略に役立てていただければ幸いです。