[ピロウズお祝い用]916をもってすれば、こんなことも起きるかもしれない。(ショートストーリー)
9月16日。今日は特別な日だ。
目が覚めた途端、その思いが胸を満たす。昨夜特別早く寝付いたわけでもなかったのに、目覚めが良い。
カレンダーの日付に目をやって、気分よく着替えることにする。お気に入りのTシャツを頭からかぶる。
これといって予定はないが、言うなれば今日をこの気持ちのままに過ごすことが本日の予定なのだ。
誰もいないみたいだ。
朝方の公園は人気がなく、静まり返っている。風だけが前髪を揺らす。
珈琲を買いに行った帰りがけ、気分が良いので、通りがかりのベンチに座ってみたところ、ふいに人の気配が途切れて辺りが静寂に包まれた。
空はすっきりと晴れていた。雲一つない。痛いほどの青が目を射抜く。
あの日もこんな天気だった。彼らに出会ったあの日。
試聴機で偶然流れてきた一曲に撃ち抜かれた。日常がぶっ壊れたかと思った。日常に空いた大穴から痛いほどに清々しい新風が吹き込んでくる。あまりに清々しくて瑞々しくて、爽快で笑ったのだった。彼らの音楽を聴きながら、笑いが止まらなかったのだった。
あの日を、一生忘れないだろう。自分の人生がぶっ壊れたあの日を。心を覆っていた暗幕が引き裂かれたあの日を。暗幕の先に広がっていたあまりにあっけらかんとした青空のその眩しさに笑い声をあげたあの日を、一生忘れないだろう。そんなことを思う。
誰もいないみたいだ。再び、同じ思いが頭をよぎる。
風が止むと、まるで世界が動きを止めたように感じる。
ふと、思わず小さく鼻歌を歌ってしまう。誰もいない街を買って顔見知りの猫と暮らす。そんな歌を。
気が付くと知らぬ間に微笑を浮かべていた。ふいに喝采を叫びたい気持ちになる。
彼らがいる。彼らを知っている。それはなんと大いなるギフトだろう。
この先も、周りには見渡す限り誰もいないと感じる瞬間が大いにあるだろう。世の中の光当たるものに一切のきらめきを見出せないと感じることもあるだろう。そういった悔しさや歯がゆさや寂しさのようなものは、もう何度でもあるだろう。
それでも、自分にはこれまで彼らにもらった両手から溢れんばかりのギフトがある。
いつだって頭の中は自由だ。孤独は敗北ではない。誰かが決めた絶望に頷いてなんかやらない。
彼らから受け取ったギフトがあれば、この先何度だって気を確かに持っていける。
ふいに心地よい風が再び前髪を揺らした。
公園横手の歩道を歩いてくる二人組が目に入る。それをきっかけに世界が人の気配を取り戻す。
その二人組と何となく目が合った。二人はふいに「あ」と足を止める。
こちらも同時に彼らがなぜ足を止めたのかを悟った。彼らのTシャツに躍るクマのような少し歪な目をした馴染みのシルエット。当然、彼らはこちらが着こむTシャツにも同じシルエットを認めたはずだ。
デザインは違うが、お互いに見逃しようがない。心のど真ん中に置いているその存在を体現したTシャツを見逃せるはずがない。
この日に、この瞬間に、そんな相手に出会えたことが嬉しくて、思わず反射で手を振ると、相手も思い切り手を振り返してくれた。