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【短編小説】サイバーパンク・ブルー

文字数:約1,600文字
シリーズ:テクノ・ハーバー

ネオン・ドリームズの扉が開いた瞬間、マーサ・神宮寺の目は鋭く入口を捉えた。

スーツを着た女性が、静かに中に入ってくる。その姿は、このスラムの酒場には不釣り合いだった。

マーサは、無意識のうちに右腕の古い傷跡に触れた。「お客さん、迷子?」彼女の声には、かすかな皮肉が混じっていた。

女性は黙ってカウンターに近づき、マーサの目をまっすぐ見た。「迷子になるのも、時には必要なことです」

その言葉に、マーサの心の奥底で何かが揺れた。

「へえ」マーサは、シェイカーに手を伸ばした。「じゃあ、あんたにぴったりのものがあるわ」

氷がシェイカーの中で舞う音が、静かなバーに響く。

マーサが注いだのは、深い青色の液体だった。グラスの中で、光が幻想的に揺らめいている。

「サイバーパンク・ブルー」マーサは言った。唇の端に皮肉な笑みを浮かべながら。

女性は一口飲み、その瞬間、彼女の表情が微妙に変化した。グラスをじっと見つめ、もう一口。そして、ゆっくりとマーサを見上げた。

「興味深いカクテルですね」彼女は静かに言った。「表面的な甘さの奥に、苦みと...何か毒のようなものを感じます。まるで、この街を一杯に注いだかのよう」

マーサは、思わず息を呑んだ。「よく分かるじゃない」

「華やかな表面と、その下に隠れた現実」女性は続けた。「データアナリストとして、日々似たようなパターンを見ています。でも、こんなにも鮮明に味で表現されるとは...」

「データアナリスト?」マーサは眉をひそめた。「あんた、誰?」

「アキラ・タナカです」女性は答えた。その目には、深い闇と、かすかな光が混在していた。

マーサは、アキラの目を見つめ返した。そこに、自分が長年隠してきた何かと同じものを見た気がした。

「このカクテル」アキラは続けた。「人の記憶にも似ていると思いませんか? 表面的な甘さと、その奥に潜む真実...」

マーサは、カウンターに寄りかかった。「面白い考えね。でも、記憶は時とともに変わるもの。このカクテルみたいに、一度作ったら固定されるわけじゃない」

「そうですね」アキラは頷いた。「でも、時々思うんです。私たちは自分の記憶を、このカクテルのように調合しているんじゃないかって」

「どういう意味?」

「甘い思い出を前面に出し、苦い真実は奥に押し込める。でも、その苦みこそが、私たちの本質なのかもしれない」

マーサは、思わず息を呑んだ。「あんた...ただのデータアナリストじゃないわね」

アキラは小さく微笑んだ。「データの海を泳いでいると、時々、思いもよらない真実に出会うんです」

二人は、しばらくの間沈黙した。バーの奥で、古い扇風機がかすかな音を立てている。

「もう一杯どう?」マーサは、やわらかい声で言った。

アキラは、空になったグラスを見つめた。「ええ、お願いします。でも今度は...あなたの記憶を聞かせてください。甘いものも、苦いものも、全て」

マーサは、一瞬躊躇した。しかし、すぐに決意を固めたように頷いた。

「いいわ」彼女は言った。「でも警告しておくわね。私の記憶は、このカクテルよりずっと複雑よ」

アキラは、静かに微笑んだ。「複雑さの中にこそ、真実があるのだと思います」

マーサは、新しいグラスにサイバーパンク・ブルーを注ぎながら、自分の中にある記憶の層を覗き込んだ。そこには、長い間封印してきた甘美な幻影と、苦い現実が、青い光の中で交錯していた。

この夜、ネオン・ドリームズで、二つの魂が出会った。それは、この街の表と裏、夢と現実を映し出す、新たな物語の始まりだった。そして、その物語は、甘美な幻影の青い霧の向こうに、何か大きな真実を隠しているように見えた。

マーサとアキラは、互いの目を見つめ合った。その瞬間、二人は理解した。彼女たちの出会いは、偶然ではなく、テクノ・ハーバーの深い闇が引き起こした、運命の糸のもつれだったのだと。

(了)






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すとがれ
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