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【夢日記】金魚酒
何でも、百貨店みたようなところの上層階にいる。上層階には食堂が何件か入っていて、其処にはたくさんの男女が集まって何やら歓談している。僕もその男女に混じっている。
透明なコップが廻されてくるのだが、それには日本酒がいっぱいに注がれている。
日本酒、とは云ったものの、コップに並々注がれたそれはドウせ上等なものでもあるまいと思う。一升瓶には見たことも聞いたこともないような名前のレッテルが貼られてあって、若い時分にどんなものかも知らずにさては上野か吉祥寺あたりの串焼き屋で引っかけていた二級酒みたようなものに相違ない。いまもって二級酒が一級や特級とはドウ異なるものかよくは知らないけれども。
酒は香りが妙に強い割に、水で薄めたように味がひどく薄い。金魚でも中を泳げるという、「金魚酒」なる珍妙な言葉を思い出しつつ、顔をしかめながら僕は一口、また一口と飲み進めていく。手近の卓子には灰皿なども置かれていて、座席で喫煙できるというのは近頃では珍しいな、と妙に感心する。
安酒を呷り乍ら、古い活動写真なぞ皆で観ている。そう云えば、ぐるりは若い連中ばかりのようだが、こんな昔の活動写真を観て作品を知っているのだろうか。それとも、却って新鮮な感じがして好い、ということなのか。顔は見知らぬように思うが、ふだん僕が英語を教えている若者たちと同じくらいに若く見える。この人たちは酒は飲めるのかしらん。段々と違和感が募っていく。
隅の方では、職場の事務さんがいつも通りにテキパキと仕事をこなしている。彼女がいなくては吾人の職場は到底機能しないだろう。事務さんは時折、用事でもあるのか一階へと降りていくようである。そう云えば、若者たちも一人、また一人と「一階へ行く」と云ったぎり戻らない。
一階も気になるが、この高層階と一階のあいだには何があるのか妙に気になり出す。僕はじりじりとした心持ちになってきて、最後には自分も行こうという気になる。気が付けば昇降機の前に立っているのだが、釦を押しても反応がない。ドウも昇降機は故障しているらしい。こうなれば階段で以ていちいち降りていくほかに仕方がない。
途中、階段で若い女がすっかりくたびれて座り込んでいるところに出くわす。年の所為か、誰なのかはチョット思い出せないのだが、確かに見たことのある顔だ。「もし…」と声を掛けて何があったか尋ねてみるも、ろくに返事もしない。女はただ無言で私の背に乗ろうとする。仕方なしに女を背に負って立ち上がるのだが、女の躰はやけに軽い。それぎり、女はうんともすんとも云わない。
階下へと階段を降りる。
いつもは痛みに顔を歪めているのに、きょうは不思議と膝が痛まない。しばらく階段を降り続けていくと、知ったような顔の男に会うのだがこの男もろくに挨拶をするでもない。まるでマネキンか何かのように黙って僕の顔を凝視しているばかりである。
やがて一階に到着する。
事務さんだの、若者たちだのの姿を求めてぐるりを見渡したところで、広々としたロビイには誰の姿も認めることができない。ただ、地階に続く大きな大理石の階段が正面にあって、ぽっかりと暗くて大きな穴が口を広げているばかりである。
そこから、背広姿の男たちが大量に登ってくる。
きっと地下鉄でも通っていて彼らは出勤してくるところだろう。顔はよくわからないが、同じような背広姿で通勤時間帯の中央線快速電車もかくやと云うほどの密度で、その集団はこちらに押し寄せてくる。カツンカツンという足音ばかりが厭に耳につく。僕の体はいま来た方へと押し流されていく。背に居た筈の女はいつのまにか少しばかり離れたところに立っていて、群衆の中に頭だけが見えている。女とはどんどん離れていく。「おい、大丈夫か、君」と声を掛けても反応はない。女はただ無表情に僕の方を見るばかりでどんどん離れていく。僕が流されているのか、女が流されているのか、それとも両方なのか…。
気が付けば、最初に居た食堂に戻っている。ほかの者たちも一緒である。すべては振り出しに戻ってしまっている。僕たちはしくじったのだ。
「嗚呼、矢張り駄目だったね。今度はモウ少し工夫しないと」
「今度はバリケードでもこしらえて籠城するか」
なぞと話し合っているのが聞こえる。しばらくすると、彼らの大群がまたぞろ此処に押し寄せてくることになる。一体ドウして回避したものか。
…
…
…
…と思ったところで目が覚めた。ここのところ、現実も夢に負けないくらいに理不尽である。
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