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【夢日記】蟻塚に惑う
大きな病院に来ている。
其処は数えきれないほどの病床と、幾つもの病室のある巨大な入院施設を備えた病院で、ぼくも入院患者の婆さんの車椅子を押している。
婆さんは小柄で、枯葉のように細っている。腕からは点滴の管が伸びている。
院内を何か婆さんと話しながら、車椅子を押して進むうち、ぼくは婆さんの顔に面が装着せられているのに気づく。面は陶器で出来ているようで、小柄な婆さんにそぐわないほど大きい。
いったい、その異様な陶器の面には見覚えがある。何処で見たのかしらん、と思い思いするうちに、通路の先で掃除婦が大きな箒を振り回して何やらやっている。
掃除婦の目線の先にはドウ云う訳か、大きなクワガタムシがハサミを大きく広げて彼女を威嚇している。箒が憐れな蟲に叩きつけられて、その胴が割れる。
千切れた体をまだ力なく動かすクワガタムシに無数の蟻が群がって、ぼくの見ている前でクワガタムシをみんな平らげてしまう。
すると、この残酷な光景が見るに堪えないのか、車椅子の婆さんが何か呻いて小さく身を震わせる。
最初は左手の薬指。
指に穴が開き、みるみるうちに穴が増えては、指がぽとりとリノリウムの床に落ちる。別の指が落ち、足が落ち、腕が落ちる。穴からは無数の蟻が湧いて出てきて、しまいには婆さんの入院着だけ残して婆さんは全部蟻に変わってしまう。
婆さんの陶器の面がガランと大きな音を立てて床に落ち、粉々になる。
そのとき、その陶器の面は大人数で宴会をするときに使う大皿で、それはずっと前に亡くなった曾祖母のところにあったのをぼくは了解する。ツイ先だって婆さんだった蟻たちは廊下を散り散りに這っていく。
窓の外は叩きつけるような大雨で、婆さんは蟻の集団になり、いつのまにか掃除婦もいなくなって、ぼくは車椅子と割れた大皿とともに森閑とした病院の通路に取り残されている。雨の音ばかりが厭にザアザア、バチバチと聞こえてくる。
しばらく立ち尽くしていると、雨音に混じって、コツコツと足音がする。
「オイ」と声をかけられて振り向いてみると、果たして、其処には伸びすぎた頭髪を無理に後ろになでつけた、眼鏡の男が立っている。
白髪交じりで、顔に深い皺が刻まれていることを除けば、男は声といい背格好といい気味悪いほどぼくに瓜二つである。
チョット疲れたような顔をして、面倒くさそうに男は呟く。
「パセリ」
叩きつけるような雨音に水飛沫まで頬に感じ…
…
…
…
…というところで目を覚ました。室内はさほど暑いというほどでもない筈だが、ぼくはぐっしょりと厭な汗に濡れていた。
われながらサッパリ要領を得ない夢を見たものである。
蠢くアリの大群に、割れてしまった曾祖母の家の瀬戸物、なぜか「パセリ」と言い残す四半世紀ほど未来の自分の面影。
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