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【夢日記】自転車操業
雑居ビルの一階部分にいる。
ぼくは建物のまさに入口に当たるこの古書店を目当てに出かけてきた。いつから使っているのか検討もつかないような年代物の本棚に、日に焼けたり、かびたりした本がぎっしりと詰まっている。
ぼくはそのうちの一冊を手に取る。
戦前に出たのであろう、独逸語の教本らしい。長い時間を経てぼろぼろに風化したハードカバーに、かろうじて赤茶けた頁が綴じられている。ぱらぱらと頁を繰ってみると、図書館でかいだことのあるような、旧い紙の匂いがする。語学教本の割に、旧漢字に旧仮名遣いで以て人生訓めいた例文も多く、其処に時代の色彩を感じる。
ときに、どうしてこんなにも活字が読みづらいのか。
印刷は確かに旧い。のみならず、活字は絶えず揺れていた。ではどうして揺れているか。ぼくは、自分が絶えず歩きつづけていることをいまさら発見した。
ぼくの両側にそびえ立つ本棚はなぜか、エスカレータを挟んで相対していた。ぼくが教本を手に取った棚は、どういうわけか下りのエスカレータの途上にあったのだ。おかげで、ぼくはずっと下りエスカレータを昇り続けながら立ち読みをする羽目に陥っていた。
いまとなっては、いったん目的の本を手に取ったら、エスカレータを下りきってから立ち読みをすれば良さそうなものだが、そのときにはそんなことはいっこう思い浮かばなかった。ただ、長い下りエスカレータの途上に本棚があるのを甚だ不便に感ずるばかりだった。店主はいったいどういう料簡で、こんな珍妙な本棚の配置にしたのかしらん。そういう疑問が渦巻くばかりだったのである。
ふと、ぼくは自分が現実逃避をしていることを思い出した。
こんなことをしている場合ではない。どう勘定しても足らない大学の単位を何とかしなければ。実際、卒業が危ぶまれるような数字であったが、そうかと云ってどうしたものか。さしあたり、研究室の友人と話してみよう。ぼくは苦心して教本を本棚に戻して、そのまま下まで運ばれていった。
単位のことは単位のことで考えるにしても、まずは到着したら本社のあの部長にメールして、それから客先に電話をかけなければ。客先に?
…ぼくは自分が四十にさしかかる会社員であったこと、したがって単位の心配なぞもはや無用であることを唐突に思い出した。時刻は朝七時半過ぎ。まただ。また車で眠り込んでしまった。最近は疲労が蓄積しているものらしく、自宅アパートの駐車場までどうにか辿り着いても、車を出て帰宅することも叶わぬ日が増えてきたように思う。この日も、走行距離十万キロにさしかかろうというオンボロの中古軽自動車の運転席でぼくは目を覚ました。関節という関節が悲鳴をあげるなか、ぼくはのろのろと運転席から這い出して、自分の部屋に這入った。
あと数時間もすれば、着替えてまたぞろご出勤である。
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