父と息子の関係って、大人になるとぎこちないのかな
ゲームは小さい頃に親に禁じられていて、大学に入って以降のめりこんでしまっているタイプの人間です。やはり、何事も子供時代から免疫をつけておかないと、大きくなってから反動は大きいと思います。
最ものめりこんだゲームは、やはり「ファイナルファンタジー」シリーズです。1〜6の王道ファンタジー、7以降のモチーフを近代に持ってきた感のある舞台設定、どれも僕は好きです。
今日はゲームの話をしたいのではなく、、、ファイナルファンタジーに絡んで、最近とある映画を観ました。
「FINAL FANTASY ⅩⅣ 光のお父さん劇場版」
これ、思った以上に面白かったです。
胸のすくような物語と言う訳でもなく、超名作の部類には入らないかもしれませんが、家族愛に胸を打たれる物語です。
最近、自分は仕事における自分のあり方に非常に悩んでいます。こういった時、職場の同僚や先輩に相談するのも良いですが、父親に人生の先輩としてのアドバイスをもらう、なんてシーンは有り得る話だと思います。
この作品中にもそんなシーンが出てきますが、高校時代に父を亡くした自分にとっては、存在しない現在を思い寂しく感じる「息子としての自分」と、いつか来るかもしれない未来に思いを馳せる「父親になった自分」が共存していました。
自分の家庭は小さい頃から両親は別居しており、父親という存在を近くに感じた事はありません。年に1回か2回会うだけの、下手したら近所のおじさん以下の存在感でした。父親とはどんな存在であるか?を考えたことさえ無く、かと言ってそんな家庭環境に対していちいちグレるような面倒なこともせず、「余計なことは考えない」で毎日を過ごしていた記憶があります。
そんな高校2年生の冬に警察から電話があり、父が事故死した、と連絡が。
その時に何を感じたか、何も覚えていません。ただ、その後からしばらくの間、父を喪った悲しみという感情は全く感じなかった記憶があります。「全く感じなかった」が正しいのか、「感じないようにしていた」のか、後者のような気がしていますが、本当にあの頃に何を考えて日々を過ごしていたのか。悲しみよりも、いきなり死んだことに対する「怒り」が自分を支配していました。
その数年後、何とも言えない悲しみの感情が襲ってきて、感情のコントロールに苦しむ時期がありました。その後に浦沢直樹の「MONSTER」を読んで、合点がいきました。
あぁ、感情って必要な時にキッチリ爆発させないと、後から何倍もの強さで、自分が処理しきれない程に押し寄せてくるんだな、と。
別居していた家で遺品整理をした時、小学校の修学旅行で父にプレゼントしたキーホルダーが大事に引き出しに入っていて(自分もその存在を忘れていた)、その時に素直に感情を爆発させて泣いたりしなかったのは、少し後悔しています。
今も、悲しみというか寂しさの感情となって、父の死から20年以上経った今でも自分の気持ちを大きく揺さぶることがあります。
自分のような境遇が必要かもしれませんが、この映画は心を大きく揺さぶってくれました。オススメです。
それにしても、母と娘がぎこちない関係性、って父と息子の場合よりも少ない感じがしますね。男は父と息子でも生物としてのライバルだから、という説を聞いたことはありますが、どうなんでしょうか。。。
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