怖い話②
もう一席、これは笑い噺にならない怖い話を。
前述の会社の同僚でM君という中途のWeb系技術者がいた。
なぜか懐いてくれて他の人とは呑みに行きたがらないが
俺が誘うとついてきてくれた。
着服のゴタゴタがあり転職を決めてから会社を辞めた後もお付き合いで呑みに誘ってくれた。
ある日、神保町のさぼうるで呑むことになり、
古本屋街に出向いた。
さぼうるで勿論ナポリタンを頼んで呑み始めてから、
彼がなんとなく物騒な話をし始めた。
「俺も今の会社もう嫌なんで転職活動をしています。」
そうだろうねえ。だってその会社の技術って親の汎用機のお守りメインで
クラサバ基幹であるWeb系の技術者が活躍できる案件なんか聞いたことないし。
腕を振るう仕事がない以上、あんな会社に居続けると社会復帰が難しくなってくるので、自分も転職を勧めた。
転職活動を開始してからM君からのメールが増えた。当たり前だけど、面接が増えいろんな人と話す機会が増えたと。そこまでは普通の話だった。
物騒になるのはここら辺から。
最近、以前辞めた会社の嫌がらせを受けている気がするんです。
ある日そのようなことを言い始めた。この前の会社というのは俺と一緒の会社になる一つ前の会社らしく、どのような会社かは聞いたことがなかった。
話をよく聞くと、結構面接までは順調に進むけどその後、前の会社の妨害に遭って落とされるのではないかと考えていると。
??話をもう少し突っ込んで聞くと、前の会社が面接を受けに行っている会社に悪い噂を流している節があるんです。といった話を延々として来る。
すぐに会う段取りをつけた。思い当たることが一つだけあった。
どこぞの居酒屋で会い、面と向かって深く聞いてみた。
悪い予感は完全に当たっていた。
彼が主張しているのは下記の通り。
自分が応募した会社を以前の会社が察知しているらしく、先回りされて自分のありもしない悪い噂を前もって流されている。
その連絡は表に出ていない裏の方法でなされている。
感じが良かった初回面接から次回にかなり面接官の態度が変わるからそれは間違いない。悪い噂が流されているのは確か。
面接を受けている自分にそれとなくそのことをサインして来るんです。
あ、これは非常にまずい流れだ。嫌な汗が出た。これと似たような話に遭遇したことがあった。
細かいことも聞いてみたが、どうも筋が通らず、俺の頭の中にサイレンが響き渡る。
最後に一つだけ聞いた。真面目な話としてM君は実害を被っていることはあるか?と。彼は面接の内容を盗聴されている可能性があると答えた。
危険レベルが一つ上がる。
面接の内容を知った上で昔の会社が悪いことを伝えている節がある。
面接を続けているとなんとなくそれが伺えるんです。
自分としては直接昔の会社に妨害を止めるよう申し入れたいと。
証拠は私の頭をテレパシーで勝手にのぞいていると証明できます。
危険度の針はレッドゾーンまで振り切ってしまった。
俺は話をそこからずらした話を始めて、彼女は?とか最近親御さんと話しているか。とか周辺の聞き取りに入った。
同棲している彼女がいるし、勿論この話はしている。
親とはしばらく連絡していない。会社を動くまで連絡しずらい。
俺は普通の話として、彼女の話に食いつき、電話でいいから紹介してくれよ!と食い下がる。最初は渋っていたが、俺もお世話になっている人じゃん?お礼をぜひ伝えたいからM君が直接電話かけて代わってくれたら挨拶できるじゃん!
焦っていた、一刻も早く話をしなくては。
絶対に伝えないといけないことがあり、時間の経過とともに悪化する可能性が高い。
M君はやがて携帯から電話をかけてくれた。
お世話になっている先輩が話したいんだって。電話を代わってくれた。
そこでは差し障りのない話をしてM君も幸せ者だなーという軽い挨拶をして電話を切る。番号を確認して覚えた。
その後は差し障りのない話をして、そう言えば俺明日早いからと嘘をつき、呑みを切り上げて地下鉄の駅で別れた。
いてもたってもいられず、さっきの番号に自分の携帯からかけた。
不審な声だったけどとりあえず電話は取ってくれた。
「先ほどM君からの紹介された会社の元同僚ですが、ちょっと話できますか?」
何故か知らないけど、結構軽い感じでいいですけど?なんだろ?と快諾してもらい、少し安心した。
最近のM君の言動について聞いてみた。彼、転職活動で疲れてないか?とか邪魔されてるとか言ってないか?と。
危惧通りの答えが返って来た。転職活動について、盗聴とか妨害されているとか訴えていると。彼女さんとしては猜疑心が強いなと感想を持っていただけらしい。
それ以外は普通に生活しているように見えるんですが、と。
あの、俺これから変なことこれから言うけど、
ちょっとでも心に引っかかるなら、話聞いて行動してくれるかな?
会ったこともない人が怪しいこと言おうとしてるんだから
聞いてくれなくても当然の話だなと思った。
でも、伝えないとまずい事になるかもしれない。
ずっと嫌な汗をかきながら話していた。
M君は多分精神を病み始めていること。
この症状は素人が判断することはできないけど、俺が昔に出くわした事によく似ているから非常に心配している事。
当たっていたら時間と共にあれよという間に事態は悪化する事を伝えた。
最初はなんとんく聞いていた彼女さんも言われてみると思い当たる節が出て来たのかやがて真面目に話を聞いてくれるようになった。
今後の動きとしては、
一刻も早くメンタルクリニック等の受診に連れて行く事。
最初は絶対に嫌がるから、手間取りそうならご両親に事情を説明して協力をお願いする事。
とにかく放置するとすぐに手のつけられない事態になるので行動をすぐに始めた方が良い事。
最後にもうダメだと思ったらその問題から手を離すこと。
を伝えて電話を切った。
勿論相談や依頼があれば自分も動くからと併せて伝えた。
その後、彼の周辺から連絡は一度もなかった。
願わくは俺のバカな思い違いであり、変な人と思われ縁を切られてしまった。
そうであってくれたらいいな。
次善は病院で診断を受けている事。
俺が思っている通りの症状だと、それは時間の経過と共に坂道を転げ落ちるように悪化して、とんでもない事になってしまう。
俺が高校生だった頃に妹がそうなってしまったように。
俺の人生に射す陰。その大きな部分をその時に体験した。
覆いようのない闇、恐怖、理解までの道のりの困難さ。
恐怖。
1番の闇はこの病気が本人が何をしているのかわかっている事だ。
自分は変なことをしている、言っている。
もう一人の自分はそれをじっと見つめている。しかしどうにもならないし、できない。
その苦しみはいかほどだろう。
その後、彼とは一切連絡が取れていない。