漫画の高友くん

中学何年だったか、転入生の男の子がクラスにやってきた。
壇上で挨拶をする時から何となくはわかったけど、今で言うスペクトラム障害を持っていた子だと思う。

彼はいつも身なりが良く、田舎の中学にしては似つかない学ランの下に毛糸のベストをいつも着ていた。
もう一つの特徴的なことがあって、お弁当がなんというかプロが作ったお弁当のように毎日輝いていたのだ。

たまにはサンドイッチ、普通の和風お弁当の時もそうだが、色味と盛り付け方が全然違った。だから彼がお弁当箱を開くと、いつものようにその周りは人で溢れていた。
そして僕たちは高友くんにお願いをするのだ。
俺のこのおかずと交換してくれないか?

高友くんは前述の通りコミュニケーションが苦手な子であったが、ちゃんと判断をして嫌なことは嫌と言える子供だった。
交換を要請された内容が高友くんに割に合わないような内容だと彼は必ず断った。
だから高友くんが認めた物々交換は日々行われていた。
当時を思い出すけど、本当に輝くようなお弁当だったのを覚えている。羨ましかった。

やがて高友くんもクラスに慣れ、そのお弁当にも慣れてきた頃、
お昼に高友くんの席の近くで食べる人はほとんどいなくなっていた。
ただの日常が戻ってきた。

そんな時、やっぱりという問題が持ち上がった。
それはイジメのようなもので、高友くんの弁当の中身を交換ではなく強奪する輩が出てきたのだ。
やっていた連中は笑いながら高友くんの弁当から色々な興味深いおかずをひょいひょいと持ち去り、お返しを提供しなかったようだ。

ようだというのも、ありがちだがその話は担任からホームルームの時のクラスへの叱責として聞いたからだった。
俺たちは高友くんへの関心を急速に失い、また、付き合いの難しさから彼を遠ざけるというか近づかなくなっていたから無知でいられたのだ。
皆が消極的加害者という非常にタチの悪い状況だった。

担任はクラスの皆を叱った。高友くんのお母さんは高友くんの個性を受け入れ、それでも皆と仲良くして欲しいからお昼休みに一人にならないように一生懸命お弁当を作っていたそうだ。誰かが寄ってきてすげーなー!と言わせるような。俺にも一口くれよと言わせるような。まさにそんな内容だった。

当初は目論見通り彼の周りに人は溢れた。だがそれが日常になってしまうと
魔法は効力を失い、逆にイジメの対象として使われるようになってしまったのだ。

担任は軽く説明した上で高友くんを教壇の前に呼び、皆に呼びかけるよう促した。
高友くんは泣きながらお母さんが朝早くから作ってくれる弁当の事を訴えた。僕をいじめるのはやめてください。僕のお弁当の交換はいいけど持って行くのはやめてください。お母さんが家で泣いているのです。友達と仲良くできるよう頑張っているのに、それがイジメの原因になってしまっていると。彼はそう言った趣旨のことを辿々しくも訴えた。

話は変わるけど、担任は高友くんを席につかせた後、今も覚えている少し大人の話で皆を諌めた。みんな、高友くんは虐めやすそうだと判断してそういうことをする人が出てきているのだろう。皆、学校という守られた場所にいるからわからないだろうが、この先大人になって働くようになった時のことを考えてことがあるか?と。
高友くんの下で働くことがないとなぜ言い切れる?
その時彼に恨まれていたらどうするんだと?

俺たちはその問いについて当時??しか浮かばなかったと思う。
スポーツが得意なやつ、お山の大将ができるやつ、面白いことを言って周りを笑わせるやつ、そんな奴らが世界にいて身の回りを廻しているんだ。と狭い世界を決めつけていた。

その中心は高友くんではない筈だった。
担任は続ける。みんなわからないだろう。大人の世界は誰が偉くなるかわからないんだよ。人をいじめてはいけない、そんなのは当たり前のことでその上で将来いじめていた相手が偉くなって自分がその下で働くということを実際に考えたことがあるか?
大人はわかりやすくいじめたりはしないけど、もっと悲惨なことになるんだぞ。

ここまで言われても少なくとも俺はわからなかった。
高友くんの下で働く?意味わからない。違う世界の話でしょ?

今なら担任の考えはわかる。
因果応報という世の中の摂理を身の回りのことで説明していること。
これは多分、多分であるけど高友くんは本当に社会的地位の高い両親の息子さんだったんだろう。

この会の後、表面上のいじめは無くなったのだが、もっとタチの悪い潜在的な意識がクラスに蔓延ることになった。

メンドクセーから高友に近づくのやめようぜ。
また担任におこられるからよー。

そして彼は見た目上の平和と平静を取り戻し、
いつも机に一人でいることが多くなった。
望んでか望まずに関わらず、彼は孤独を手にした。

そしてクラスの話題からも意識からも風が吹いた後のようにそれはなかったことになった。

そして状況は一変する。
高友くんの周りにまた人が集まり出した。お弁当を食べる昼休みではなく、
短い休み時間や放課後の事だった。イジメの矢印を向けられているわけでもなかった。

高友くんは孤独の間、ずっとその時間を埋めるために熱中していたことがあったようだ。
誰かがそれを見つけて騒ぎ出した。

『高友の描く四コマ漫画のクオリティがすごい』

彼は一冊のノートを漫画用にして日々四コマ漫画を描いていたようだった。
そのノートは瞬く間にクラス中を巡り、高友くんの周りに人が集まる引力になった。

彼の描く漫画は日常を題材にした壮大なオチもストーリーもなかったが起承転結がはっきりしていて誰でもその内容の素晴らしさがわかるものだった。
絵も上手い。写実的とは言わないがデフォルメ具合にものすごいセンスが溢れていた。

それからクラス中が即席漫画道場と化すのに時間はかからなかった。
皆が授業中に四コマ漫画を描き、こぞって高友くんに挑戦を挑んだのであった。

彼は強かった。彼の描く漫画は強かった。
みんなで描いた漫画を見せ合ってこれは!という作品を選出するのだが、
高友くんの作品が外れることはまずなかった。
もっとはっきり書こう。公平に言っても足元にも及ばなかった。

その後も高友くんは漫画を描き続け、中編を藁半紙に書き始めた。
1本描き上がるとそれは半折で閉じられ奪うようにクラス中で廻し読みされた。
コピーがある時代ならコピーしてたはずだ。当時あったガリ版印刷機は児童だけでは扱えず、また漫画だけを印刷するなんて用途では使用許可は降りなかった。

『高友、次の作品はいつ頃できそうなんよ?
早く読ませてくれよ』

『どうやったらこんな漫画かけんだよ?
俺にも教えてくれよ』

こんな問いやリクエストに対し、高友くんは答える術を持っていなかった。
説明ができないのだ。何故?と問われても、どうやって?と訊かれても高友くんは寂しそうに笑うしかなかった。

やがて、クラスが発行する学級新聞に高友画伯の漫画コーナーができ、
自作誌とともに皆を楽しませてくれることとなる。

そしていつのまにかそんなことも過去の事として真っ白く塗りつぶされていった。
漫画の高友くん、今も元気に楽しそうに漫画描いてるかな?


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