可能性のスポットライト

「物理学的な見地でいくと、僕たちの考えている『時間の流れ』っていうものは存在しないんだ」と難しそうな顔をしてミツルは丸い眼鏡をくいとあげた。

「実は僕たちのあらゆる状態っていうのはすでにそこにあって、特定のそれにスポットを当てることで、世界が動いているように感じるのさ」

「すべては、もう『すでにある』んだよ。」

私には意味がよくわからなかったが、ミツルがいうのだから間違いはないのかもしれない。

ミツルは俗に言う『天才児』で、12歳なのにアメリカの大学で研究をしている。双子の姉(二卵性なので似ていない)である私には、まったくもって現実味のないところでミツルは生きている。私はお茶菓子のシュークリームを食べて、ミルクだけを入れたコーヒーを飲んだ。最近、砂糖をいれないでも飲めるようになったのだ。

ミツルは、さっきのスポットの話をして満足したのか、表紙に宇宙が描かれた英語の本を読み始めた。

「ねぇ、ちょっとそれ見せてよ」私は言う。

「サラにはわからないと思うよ」ミツルは言う。

そう、たしかに受け取った本の中身はさっぱりわからなかった。一体どうしてこれを熱中して読めるのか、本当にふしぎだった。

「なんて書いてあるの?」

「うーんとね」ミツルは私から本を取り返すと、パラパラとページをめくった。

「はい、これ。ここにさっきの話のもとになることが書いてあるの」

ミツルは私に英語の文字がびっしり書かれたページを見せた。もちろん私にはさっぱり意味がわからなかった。たぶん、お父さんとお母さんでも無理だと思う。

「スポットの話?」ミツルに聞いてみるとうなずいた。

「そう、要はね。さっきサラがシュークリーム食べたでしょ?でもあそこでサラが我慢してたらシュークリームはまだここにあったわけじゃん?」

「うん」

「そう考えると、『シュークリームを食べた未来』と『シュークリームを食べなかった未来』、2つの未来が考えられるわけね」

「2つの未来」

「そう。で、実際はシュークリームは食べられるほうの未来に今いるよね」

「世界が2つに分かれたの?」

「いや、世界は結局1つしかないよ。でもね、実は食べられない方の可能性も状況としては用意されているんだ。僕たちには感じ取ることはできないけどね。そういう風にすごく細かく緻密な可能性が実はすでに用意されている」

「なんだか、私たちってもともと用意された存在みたいじゃない」

「それはどうかはわからない」ミツルは笑った。

「でも、森羅万象の状況可能性をこの世界は持っていて、その、どの可能性にスポットライトを当てるかによって、世界は日々変化して動いている。このページはそうやって書いてあるわけ」

私にはやっぱり難しい。

「ぼくは『可能性のスポットライト』って呼び方をしてるんだけど。そのスポットがどのように選択されているかを、今、解明したくて研究してるんだ」

ミツルは目を輝かせていた。

私はミツルの分のシュークリームに手を伸ばし、一口だけ齧った。ミツルは自分のシュークリームが減る可能性についてはあまり興味がないようだった。

「来週のいつアメリカに行くの?」私が聞くと、「火曜日の朝」とミツルが答えた。

「お父さんがね、土曜日はお庭で流しソーメンするって」

「ぼくソーメンよりもバーベキューがいいな」

「お肉ってアメリカにたくさんあるんでしょ?お寿司お願いしようよ」

「だってお肉のほうがおいしいじゃん。サラは大人だな」

「そうなの。最近コーヒーに砂糖いれてないんだよ?飲む?」

「うえぇ、いらない」

私たちは週末を楽しみにしている。スポットライトはお肉に当たるのかお寿司に当たるのか(もしくはどちらにも当たらないのか)、それは私にもミツルにもわからない。

end.

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