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ピリついた神経が見せる蜃気楼

 神経がピリついていると、外からの刺激にはとても敏感になる。思考もあらぬ方向に飛躍し、想像が妄想の類に姿を変える。怒りの沸点は低くなるし、やたらと悲観的にもなる。

 冷静になって振り返ってみると、あの時の自分の思考回路は大分バグっていたな、ということが多々ある。

 職場に、僕とほぼ同時期に入社した人がいる。年齢や立場が近く、「ともに同じ道を歩んできた」という連帯感もあるので、社内で最も気の置けない関係と言える。なので、彼とは業務外でもコミュニケーションを取ることがある。お酒を飲みながら通話したりとか。
 「お疲れさまです。今日の通話何時からにしますか?」
 退勤後に僕がメッセージを送ると、「すんません。軽くシャワー浴びたいんで、◯時くらいからでいいっすか?」と返ってくる。こういう返信内容は珍しくない。なぜだか彼は、やたらと「シャワー浴びるので!」と、水浴びの事前報告をしてくる。まあ退勤後にシャワーを浴びるのは別に不自然ではない。むしろ清潔でいいことだ。だから、これまでは特に気に留めることもなかった。

 異変を感じたのは、職場内の複数人で親睦会をすることになった時だ。メンバーには僕や同期の彼も含まれている。親睦会用のグループチャットが立ち上げられ、参加者らが軽く挨拶を交わす。
 そして親睦会の当日。幹事っぽい立場の人が「みなさんお疲れさまです。今日◯時から開催の予定ですが、都合が悪くなった人は私までご一報くださいね〜」という旨のリマインドを飛ばす。緊急の用事とかも無いので、僕はもちろん参加の予定。その意思表示として、サムズアップの絵文字でメッセージにリアクションした。
 ここで動いたのが例の彼だ。
 「すみません!退勤後にシャワー浴びたいので少しだけ遅れます!」と、グループチャットにて堂々宣言。
 ま、また水浴びの報告!?いや違う。「また」と思っているのは、普段から彼と業務外に戯れている僕くらいだろう。他の人たちからすれば何の変哲もないメッセージに見えているはずだ。

 当時の僕は激務に追われていて、たいそうピリピリしていた。なので、結構いらんことを考えてしまう。
 「シャワーを浴びる」という彼の発言を見て、彼がシャワーを浴びている姿を想像したのだ。ほんの一瞬だけだけど。途端に、僕はものすごく小っ恥ずかしい気分になった。彼は「シャワーを浴びる宣言」をしたことによって、チャットグループに参加している全員に「自分が素っ裸でシャワーを浴びている姿」を想像させたことになっていないか!?彼、ものすごくスケベな発言してない?
 己が錯乱状態であることに気づいていない僕は、誰もが自分と同じ想像をしているものだと思い込んでいたのだ。「シャワーを浴びる」という発言が「私の全裸を想像してください」と同じ意味を持つはずがないのに。そんな世界あってたまるか。

 その後しばらく、僕は「風呂に入る」「トイレに行く」などと誰かに伝えることが恥ずかしくてたまらなくなった。理由は上述の通り。
 さすがに今は正気を取り戻したので大丈夫です。でなければこんな記事を書けてはいないからね。僕が「風呂に入る」と言ったところで、誰もセクハラだとは思いますまい。そう確信できるので、安心して水浴び報告もできるというもの。

 また激務に追われて神経がピリついたら、僕は風呂の話ができなくなるでしょう。下手をしたら風呂に入れなくなるかも。ともすれば、風呂キャンセルを周囲に報告するのは、「私は常に衣類を身につけていますよ」という宣言に当たるのかもしれない。いやもうわけがわからん。風呂にはなるべく入りましょう。

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