『冥』という楽曲のカリスマ性
『冥』という楽曲をご存じだろうか。Amuro(TAKAの別名義)とKiller(Tatshの別名義)による合作で、音楽ゲームbeatmania IIDXシリーズに登場する。同作をプレイしたことがあれば、ほとんどの人が認知しているであろう名曲である。なぜそれほど有名なのか。単純に曲としての完成度が高いから?プレイ難易度の高い曲だから?もちろん、それらも理由に含まれるでしょう。しかし『冥』の登場はシリーズ12作目(便宜上)、今から19年前の2005年である。約20年もの間プレイヤーを魅了しつづける当楽曲には、筆舌に尽くし難いカリスマ性があるのだ。
IIDXには段位認定という腕試しモードがあり、その頂点に君臨するは「皆伝」である。IIDXの入門者には皆伝を目指して腕を磨く者も多く、プレイヤーにとって1つのゴール地点にもなっている。もちろん、皆伝以上に難易度の高いやり込み要素もありますが、やはりこういった分かりやすい実績はモチベーション維持に繋がる。
通常、段位認定は4つの楽曲で構成されていて、決められた曲目を連続でプレイすることになる。曲の順序は変えられないし、もちろん途中でトイレに行くこともできない。万全の体制を整え、心して挑む必要があるというわけだ。プレイヤーのライフを表すようなゲージがあり、MAXの100%からスタート。ミスをすればゲージは減り、好プレイを続ければ徐々に回復する。そのゲージは曲ごとにリセットはされず、繰越しだ。この、命を削られるような闘いが10分ほど続くのです。
段位によって設定されている楽曲は異なります。そして、シリーズごとに曲目は見直される。さて、気になるのは皆伝の曲目ですね。実は近年、他の段位に比べてほとんど変化がありません。それだけ洗練されてきていることの証だ。マンネリとの声もありますが、最高段位の面子を保つためにも難易度が大幅に下がってはいけない。そして、皆伝を目指すプレイヤーには「あの曲目を抜けた先のゴールを見たいんだ」と、むしろ変わらぬレパートリーに価値を見出す者もいる。RPGで言うところのボスに該当する存在ですから「コイツを倒してこそ意味がある」という考えが生まれるのも当然だ。
何を隠そう、その皆伝の4曲目を飾るのが『冥』なのだ。しかも、他の3曲は入れ替わり立ち替わりだったのに対し、冥は段位認定に皆伝が追加されてから皆勤賞だ。ずっと王座に君臨し続ける、それに相応しい器がある。ただただ難しいだけではない。誤解を恐れずに言うと、冥はいわゆる”クソ譜面”なのだ。配置が悪すぎる。通常プレイであれば譜面の配置を変えるオプションもあるのですが、段位認定では正規の譜面でプレイしなければならない。とはいえ、曲と譜面の構成が音楽ゲームのボスとして理に適いすぎている。
皆伝の1〜3曲目を切り抜けて4曲目に突入すると、画面には『冥』と楽曲タイトルが表示される。実際、1〜3曲目もすべて難しいので、4曲目に到達する頃にはかなり疲れている。その状態で画面に表示された『冥』の1文字が目に入ると、途端にバクバクと心拍数が上がる。冥という単語から抱くイメージ、さらに漢字が線対象なのもまた不気味さを増幅させる。そして、ラスボスへの扉を開けるように楽曲がスタート。イントロは音の数も少なく、静かに始まる。これもゾワッとする演出の1つだ。直後激しいシンセの嵐が吹き乱れたかと思うと、ラスボスらしからぬ美しいピアノの旋律が無機質に轟く。そして楽曲の中盤、BPMは一気に半分に。さぁ、ここからが本番だ。一小節ごとに鳴るバスに合わせ、BPMは10ずつ上昇。これがまた良いんだ。このシーン、冥はもとい、皆伝の中でもっとも緊張する時間である。そんな場面で、プレイヤーの心拍数の上昇とリンクするかのようなBPM変化。ゲーム体験としてこの上ない臨場感だ。さらに、その加速に惑わされることなく、とんでもないクソ譜面を捌かなければならない。そして、この加速地帯を抜けきった先には、ラストの大サビが待っているのですが、ここまで辿り着ければもうクリア同然。プレイヤーの間では”ウイニングラン”と呼ばれており、大サビ突入と同時に鳴るピアノの音を聞くと、ブワッと脳汁が溢れる。抜けた!加速地帯を抜けた!頭が真っ白になり、楽曲終盤の儚く美しいピアノ地帯を駆け抜けるように叩き切ります。
ゲーム性を担保した極上の構成であることは言わずもがな、楽曲としての完成度も極めて高い。作曲者は「一人の男の悲しい運命の物語」とコメントしています。プレイヤーは約2分間の間にぎゅっと濃縮された物語を追体験するわけですが、先にも述べたように、鑑賞するだけでなくプレイすることで楽曲と自分自身の一体感が増すのだ。『冥』と自分が一心同体になったとき、気づけば手の中に皆伝という称号があるのかもしれません。
おまけのようになって恐縮ですが、『冥』はBGA(ムービー)も素晴らしい。基本的に白と黒、そしてアクセントカラーとして植物の色が配置されたシンプルな映像ですが、楽曲の無機質さと物悲しさを実にうまく映像で表現している。一人の男の悲しい運命。人生を四季に喩えることはよくありますが、なるほど…。冥という楽曲タイトルといい、色々と想像が膨らみますね。物語への解釈は人それぞれでしょうから、これ以上は僕から言及せずにおきます。ぜひとも、楽曲、譜面、映像によって完成された『冥』をいまいちど体験してほしい。
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