『落選第一作』⑯
2020年9月16日
「昼飯、何にします?」
漆黒のフェラーリのハンドルを握りながらタケシが言った。
「あんかけコーメンにしよう」
「あんかけコーメン? それどこにあるんすか?」
「今から調べるけど岐阜の近くにあるんじゃないかなあ」
スマホで調べて見たけどヒットしなかった。昔高速道路のサービスエリアで食べたことがあった、コーメンとあんかけパスタが合体したような料理で、さほど美味しくなかったのだが、10年以上前、貧乏な50代の音楽家と、貧乏な30代の会社員と、そろそろアパートを追い出されそうなぼくとの3人の旅行で食べて、ぼくが文字通りの一文無しだったので2人のあんかけコーメンを少しずつ貰って結果三等分にした思い出に浸ろうとしたのだが、考えてみたらその時は東京から岐阜に向かう時で、今回は大阪から東京に向かっているので、同じサービスエリアには行けないような気がしたし、Googleマップや食べログで飲食店を探しても、《新型コロナウイルスの影響により、営業時間が変更されている可能性があります。》とアナウンスされていて、特定の店に目星をつけて、実際にはやってなかったらつらいなと思い、「名古屋であんかけパスタ食おうか」と言った。
フェラーリのエンジン音が気持ち悪いのでいっそのことタケシも車も捨ててしまってもいいような気がしたが、今となってはタケシは色々と便利な存在だった。
当たり前のように3分の1ほどのあんかけパスタを残したタケシを見て、その皿に手を伸ばすとタケシからの冷たい視線が刺さった。
タケシは金銭的な苦労をしたことが無いのだろう。そういう行為を、卑しいと思う立場だ。
なぜあんかけコーメンやあんかけパスタの話を書いたのかわからないが、とにもかくにもぼくたちは東京に着いた。
「あれがコクーンタワーね」
ぼくが説明すると、
「ググって画像検索したんでもう知ってるっす。でもあの、ほんとにそのビルって簡単に入れるんすか」
ググッたのであればそれくらい検索しとけよと思ったが、まあしかし、その説明はそんなに難しいものではなかったので説明した。
「地下が本屋だから、まあ、入れるね」
「ほーう。じゃあ、楽勝っすね」
「まあ、楽勝だね」
「でも自分、思ったんすけど、今、松本さんが計画してることをやったとしても、けっこう地味じゃないすか?ほら、コロナで」
「いや、たぶんコロナ禍でも、そんなに地味じゃないと思うよ」
「そうなんすか。でも、なんで自分にそれ、やらせるんすか?」
「それはほら、おれ、追われてる身だから」
「いや、それはわかってるっす。そういうことじゃなくて、自分以外にも友達、いるっすよね?」
タケシのことを友達だと思ったことはなかったので意外だった。しかし今そこを指摘する必要は無いと思い、「悪いことを頼める友達はタケシ以外いない」と微妙な返事をした。
この日の計画、というのが、映写機に近い仕組みの機械を使って新宿の中空にある映像を浮かび上がらせるというものなのだが、ここに至るまでに、事故というかなんというか、兎にも角にも、故意ではないのだけれど人を死なせてしまって、自分でも意外だったのだが物凄い瞬発力と判断力で、警察の手から逃げ切った。ぼくが犯人というか、死亡してしまった人の関係者であるという確たる証拠が無いので、指名手配にはされていないし、報道もされていないのだが、ゲームオーバーになる前にどうしてもやりたいことがあって、それを実行しようとした時、万一巻き添えになっても自分的に大丈夫な存在というのがタケシと低造くんだけで、そして、低造くんだと失敗すると思った。
「なんかね。ちょー簡単に説明すると、ルンバだっけ?自動の掃除機あるじゃん。あれみたいに、いや、あれみたいではないんだけど、なんか、その建物の地下に設置すると、勝手に移動して、エレベーター乗って、高い所までいって、映写っていうのかな……映像を投射しやすい場所を陣取って、勝手にやってくれるらしい」
説明すると、「にしても小さすぎません?この機械」とタケシが言った。
その機械の大きさは石鹸くらいだった。
逮捕されるか死ぬかのどちらかだと思ったので、最後の打ち上げ花火的な感じで、自分の造形作品を新宿でゲリラ的に且つ強制的に観衆に見せよう、このご時世なので更に誰かが動画に撮ってYouTubeなどに上げるだろう、とそう思って、淡島先輩という非常に頭の良い自称科学者に頼み込んで、そういう機械を作ってもらったのだった。
造形作品のタイトルは『鬱塔』というもので、自分の、完全な理想には少し劣る出来栄えだったけれども、しかし何もせずに死ぬよりかはマシだと思って、それを観衆に晒すことにした。
それくらい、頭が混乱していたのだろう。
コクーンタワー近くに車を路駐し、タケシ1人が降りて、最初どこが入口なのかわからずにうろうろしてから、やっとこさ建物の中に姿を消したなと安堵して、5分くらい経ってから、爆発音が聞こえた。爆発音の話は淡島先輩から聞いてなかったが、ただの説明不足だと思い空を見上げ続けているうちに、消防車や救急車が集まってきた。あれ、あの爆発音は、爆発の音だったのか。テレビや映画の爆発音より乾いた感じの音なんだな、などと最初思ったが、今の状況でそんなことを考えている自分は頭がおかしいのではないかと思った。スマホのバイブが作動したのでタケシからかなと思って画面を開くと、
〈空よりも、地面を踊らせるべきかなと思いました〉と淡島先輩からメッセージが来ていた。
確かに、あの人に頼み事をして、2回に1回くらいは、ぼくの要望とまったく違う結果になってきた。本屋の中の本や、本屋に居たお客さんたちは大丈夫だろうか、と、久しぶりに自分以外の人間の心配をした。