逃げるのか 踏んばるのか いま究極の選択を
どうしても、逃げたくなる。そんな瞬間は、人生で何度か訪れる。
逃げたくなる理由は、その場への、自身のそぐわなさ。もとめられる作業が、ひたすら苦手。あるいは、おなじ部屋にいる人との、すれちがいや、それによる精神の波立ち。不満。悲観。
なぜ、生きているのかも、わからない。楽しかったことも、今は楽しいと感じられない。食欲もない。
朝、起きたくない。何時になっても、行きたくない。
逃げたい。自分の所属するその場から、消えてしまいたい。むしろ、この世界から、いなくなってしまいたい。隕石がいま、宇宙から、わたしめがけて落ちてきてくれたら、いいのに。
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逃げたい、けれど、逃げてよいものか?
逃げたいと思ったとき、つぎに思案するのは、それ。
対応策について、かつては、「だらしない」「逃げる人生になってしまう」という脅し文句が跋扈していた。現在はわりと「逃げてもいい」「助けをもとめなさい」が横行する。「逃げ恥」などまさに現代語。
両対策の存在感は、拮抗している、といったところか。どちらのアドバイスも健在。
さて、逃げてよいものか?
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逃げない理由とは。
たとえば、自分しか頼る人間がいない幼子が、家でひとりお腹をすかせ、自分の帰りを待っているとしたら。仕事をやめれば、自分どころか、その子も一蓮托生だ。
「逃げた」と後ろ指をさされることも、甘んじて受けなければならないだろう。人の口に戸はたてられぬ。なにを言うのも、その人の自由。
あるいは、未来が左右されることが、恐ろしい。ここで学校をやめたら、将来の給料どうなる? 学歴や、ましてダメな子のレッテルのせいで、就職できなかったら、どうする?
このまま我慢していた方が、将来得られるものが大きい。反対に、我慢できずに逃げた場合の、失うものが、大きそうで想像できない。
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こういうことは、自分の問題にならないと、身につまされない。「人の悪口なんか、無視すればいんじゃね?」「仕事やめたって、ハローワーク行けば求人あるわよ。景気よくなってきてるし」
どちらを推奨するにせよ、他人というのは、気楽でうらやましい存在だ。
でもでも、こっちはチーズケーキとガトーショコラの二者で悩んでるんじゃないんだよ。本当にマジで究極の二択なんだよお。
そんな声、きこえてこない方が、平和なんだけど。
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はてさて、どちらを選ぼう?
本気で、現実、現在、この悩みをもつあなたにとって、私はひどい無責任者だ。
「どっちでもいいよ!」
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しかし実際、どちらでもいい。どちらでも大丈夫なのだ。大丈夫なように、世の中はできている。
がんばれるなら、がんばっただけの継続と、胆力を、得る。
逃げたなら、逃げた先で、生きる方法をさがす。空腹になれば、人間はなんでもするものだ。
逃げて、逃げたまま何もしなくても生きのびられるなら、そのままでいればいい。
つまり、人間は環境に適応する。まさに「水は低きに流れる」。我慢しなければならないとしても、その環境にいつづけられたら、その我慢こそが、環境への適応。逃げるなら、その先の環境への適応を求められる。
どちらにしても、生きるために、人は自分を適応させる。自己の、意思によらない変化というのは、苦しいものだ。
しかし、どんなに苦しくても、この1秒を適応できたなら、その積みかさねが「環境への適応」むずかしいことではない。どちらにしろ、変化は苦しい。どんなに苦しい経験も、何度も繰りかえしたら、それは一様になり、風景のようになる。
自分に影響を及ぼすことすら、薄れていく。
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知りたいのは、逃げたあとで「逃げなければよかった」と、思うかどうか。
損得勘定、苦楽の総量は。もちろん、らくが多めの方がいい。
らくをしたいなら、我慢をして、そのままでいるのが、いちばん早い。
しかし、「らくをするのが幸福」では、決してない。らくをすることそれ自体は、人生にとって、なんの喜びももたらさない。らくは、嫌なものでもない。それ自体は無だ。苦があってこその、らくの喜びなのだ。
「らく」を求めていたら、永遠に、苦とらくのあいだを揺れうごく。本当に求めるべきものがあるなら、それは「楽しい」のほう。らくではなくて。
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さて、けっきょくのところの結論は、「進みたいほうへ、進むのがよい」
その理由は、おなじ苦は苦でも、思考力を高める苦と、弱める苦があるからだ。なにかを発展、発明、改善するための思考をするとき、クリエイティブな脳は、判断力が早い。
一方で、ネガティブな目的を達成すること、たとえば、働いているふりをすること、格好つけること、相手を蹴落として相対的に自分を高めようとすること、などを想像しているとき、思考スピードは鈍る。
判断が早いほど、チャレンジも早い。回数が多くなる。よって、成功率も高くなる。
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と、感情ではなく、理詰めで考えていって、結論を出しても、どうしても踏みきれないのが人情ってものである。
ほんとうの理由を、隠さないことかな、大切なのは。
逃げるのが目的なのに「○○がしたいから」と適当に理由をつけて逃げるのは、よくない。○○をする覚悟は、逃げが達成されたとたんに、霧散する。