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詩人の森


堆積した時間が眠る森の中で、埋もれた記憶の粒子が踊りだす時を、詩人は待っていた...

落ち葉のように降り積もる記憶の欠片から、そのいのちを救い出してゆくように、森の菌糸はその腕を伸ばし記憶の体温を読み取ってゆく...森の時間によって解体された地上の記憶は、悠久の時が見る夢のように大地が育む結晶となって刻まれてゆく...幾つもの結晶が放つそれぞれの振動が織り成す大地の歌は、柔らかな樹々たちの根によって地上へと運ばれ森の空気を震わせてゆく...

時間が眠る森は… 銀河の森...まだ光の届かない微かな星の産声を詩人は聴いていた...豊饒な森の営みの中で言葉が生まれてくる瞬間を詩人はじっと待っている...

暗黒のガスと塵のなかで星が生まれる如くに、熟成された時間の渦のなかで凝縮された記憶の粒子が発光する瞬間を彼は待っている...
夜を愛し… 静寂を愛し… 森を愛する詩人の魂は、言葉のいのちを掬うひかりのひとでもあった...

眠れる森のなかで人知れず営まれる揺籃のなかで、寄せては返す波のように記憶の粒子はいのちの昂まりを描いてゆく...それはやがて大地の歌に震えながら幾つもの振動が重なり合って幽かな律動を刻み始める...身を躍らせて血液を送り出す心臓のように脈打つ記憶は、やがて時が満ちたかの如くに言葉の火を灯しはじめた...詩人への贈りもののように...

それは星が蘇った瞬間のように記憶の粒子が発光し、言葉がプラズマ体から気体へと変わり、そして液体へと変わる如くに、その熱量はやがて詩人の魂に文字を刻むいのちの槌音となって引き継がれてゆく...それは詩人を言葉の誕生の生き証人として導いてゆくかのようでもあった。

誰も知らない静寂の中で、秘かに熟成された記憶の粒子を震わす樹木の芽吹きのなかに、詩人はいのちの姿を観、言葉が産まれる瞬間に立ち会っていた...彼はそこに言葉に宿る命の火花を見せられたのかもしれない...

脈動の昂まりとともに記憶の粒子はやがてオーブとなり、明滅する蛍のように森の中を踊る...いのちの軌跡を追う詩人の目は、描かれた言葉の色を… そして香りを捉え、その光跡が詠った永遠の残像をしたためてゆく...

魂の夜に産み落とされた言葉は秘められた色を握りしめ、やがて詩人のもとから旅立ってゆく...時の大河に身をゆだねた蛍の遺言のように...


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