仮面のレクイエム
虚飾にまみれた仮面が… いま剝がされてゆく...
虚空の冷気が静かに忍び寄る時間のなかでそれは起こった...
仮面と皮膚との隙間にひたひたと這う時間の感触は、自我が依って立つ拠り所を失くしたような不安を浮き立たせていた
諍い難い力で剝がされてゆく仮面は、その内側に汚れた皮膚がこびり付いている。窪んだ顔は外界を見ていた目が反転し、半ば虚ろな瞳で私を見ていた。
「お前は誰だ… 」 それは言った...
わたしは私だ...と言おうとした時、不安は恐怖に変わった...私としての確たる顔が無いことに気付いてしまったのだ。在るはずのものが無い手探りの空虚さのなかで、目の無いわたしは薄い膜のような感触のなかで仮面の裏側を視ていた
お前は誰だ… という仮面の言葉は、その裏にある「わたしは私だ… 」 という確信をも奪っていった… 仮面はいま、わたしだった私を離れて「私」としても生きていた...
わたしと「私」との間に忍び込んだ底知れぬ冷気は、存在と対を成す虚無ともいえる冷たさを孕んでいた。それは… これまで築き上げてきた拠り所を失った寄る辺なさに忍び寄る恐怖の姿だった。仮面の裏側がみせる窪んだ顔が放った問いは、顔のないわたしの実体を揺らし、内部へと浸透して言葉の波紋として響きわたっていった...
極めて危うい無防備な姿に震える喪失感のなかにありながらも、その冷気に触れる皮膚のようなものは、水のようなしなやかさのなかにもしたたかな張りを併せ持った神経の膜のようなものとして体感していた。硬い仮面の内側でそれはすでに醸成されていたのだった。それは、大地が無ければ耐えられなかった虚無への消滅を抱き止めるような、無窮のエネルギーが息づく生命の迸りに支えられていた。いま仮面の中にいるのは嘗ての私の自我だった。そしてそれを見ている ”このわたし” は気息そのものとして生きるクオリアの揺らぎとして在った。
仮面はその顔を歪ませて叫びつづけていた、しだいにその顔は激しい形相に変わり、あらゆる感情に染まりながら、やがてその目は蒼い静寂に沈んでいった...その目は蒼に染まりながら深い哀しみの泪を流した。それは仮面の器に満ちてゆき、わたしの足下に零れ落ちていった。
わたしの足は大地に根をひろげその泪を掬い取ってゆく...樹々がその根から水を吸い上げるように、わたしの身体は泪を掬い上げていった… 嘗ての自我の遺言でもあるかのように...
仮面はその蒼に沈んだ目で言った...「お前はもうお前ではない… 新しい時間のなかでその歌を生きろ… 」と...その言葉は顔のない存在の奥でひとつの鼓動を打った...
自我によって作られた仮面が投げかける問いは、内発的な衝撃波のように伝わり、その鼓動の槌音は銅板を打ち出すように細胞を増殖させ、新たな顔を形成してゆくようなエネルギーに満ちていた...そして自然(じねん)の発露のなかに生まれゆく時間のあわいのなかに… 私は在った...
湧き上がる脈動がささやく言葉は、もはや仮面を必要としない純粋さに満ちた、限りない柔らかさとしなやかな強さを持った気息の発露だった。
そしてわたしは微細な振動のなかで眼を開けた...そのとき仮面は深いやすらぎを湛えてその目を閉じた...わたしは仮面を大地に埋めた… 嘗ての私を弔うように...
最期に見せた仮面のやすらぎは、わたしに不思議な安堵感と深い充足感をもたらしていた。それは散りゆく葉が贈った惜別の歌のように響き、遥かなる循環の理のなかに還っていった...
その歌は久しく忘れていた約束を目覚めさせ、星の旅人としての顔を生きることを促していった。幾多の生まれ変わりを通して様々な顔を生き、時を渡った果てに聴いた歌...それはわたしを誘った… あの呼び声でもあった。彼方からの歌はいまわたしの眼の中に生きている...
約束の言葉は、この星の螺旋軌道のなかに暗号のように記されていた
そしてマザーガイアは頷いた...銀河の海の瞬きとともに...