【イギリス留学体験記】クイーンズ・イングリッシュの衰亡とズーズー弁について考えたこと
イギリスと言うと階級社会のイメージが強いかもしれないが、ロンドンに一週間滞在してみて、もはやかつてのそのような姿は見る影もないような感がある。
現在のイギリスは、多様な文化に対して開かれた移民国家である。
街を歩いていても、フランス語からスペイン語、ヒンディー語などあらゆる種類の言語が飛び交い、道ゆく人々の顔をみても、様々な民族が入り混じっていることがわかる。もちろん、ロンドンの一部だけをみてイギリスを知ったような気になるのは間違っているだろう。だが少なくとも、以前と比べてイギリスが異文化に対して寛容になりつつあるのは確かであるように思える。
イギリスの階級社会を象徴するものの一つに「英語」がある。映画「MY FAIR LADY」の中で描かれているように、知識階級の人々は相手のしゃべる英語をほんの少し聞いただけで相手の出身地や学歴を言い当ててしまうらしい。
恐ろしい社会である。
そしてこの「言語における階級」の最上級に位置するのが、女王の使う英語、「QUEEN’S ENGLISH」である。最近のイギリスではRECEIVED PRONUNCIATION(RP)と言うらしい。日本では終戦直後に外務大臣を務めた白洲次郎が若い頃にイギリスに留学して習得していたと聞く。実に美しい英語で、音楽を聴いているかのような快さを与える発音だ。
ところがもはやこのRPも、流動化する社会の中でかつての栄光を失いつつあるようで、かつては標準的に用いられていたものがもはや人口の2パーセントのシェアしか占めていない。下手に使うと嫌味にとられることもあるらしい。
私が通った語学学校では、RPを話せるようになることよりもむしろ、様々な地域から来た人々の英語の特徴を理解し、それを聞き分けられる能力を伸ばすことを重視していた。アイルランドやスコットランド、オーストラリア、アメリカ南部。これらの地域の人々はみんな英語を話すが、微妙な訛りがある。
日本国内でも関西弁や沖縄弁など様々な訛りが存在するが、それらと比べたら可愛いほうかもしれない。日本では国語の時間に訛りの教育はなされないが、移民の多いイギリスではこれらを理解することは生活上極めて大切なことなのだろう。
脱線にはなるが、私の母は秋田県出身であり、私は幼い頃から帰省のたび濃厚な秋田弁を聞いて育った。
ある時、「秋田弁はフランス語の発音に似ている」と言う話を聞いて、いつか確かめてやろうと思っていたが、たまたま語学学校にフランス人の友達がいたのでフランス語を喋ってもらったところ、確かに似ていた。何が似ているのかと言うと、フランス語の発音においてはリエゾンやアンシェヌマンといって、単語が連結して発音されるケースが多いのだが、俗称「ズーズー弁」で知られる東北弁にも、同じような現象が見られるのである。
フランス語においては「まるで歌っているかのような美しい発音」と称されるこのような特徴も、ズーズー弁では「言葉の区切りが分かりづらくて意味不明」と嘲笑の対象となる。
なんと不公平な世の中ではないか。
そのほかにも、複数の母音が一体化して一つの母音になる現象が見られる。フランス語の教科書を開くと「ai」やら「eau」やらやたらとたくさん母音が登場してうんざりさせられるが、東北弁でも実は似たような現象がある。「け」がその代表例だ。これは「食え」を意味する東北弁だが、「ue」が縮まって「e」になっている。
寒い気候の影響で口を開くのが面倒くさいことから効率を追求した結果なのかもしれないが、なぜか温暖なはずのフランスでも同じことが起きている。世の中には不思議なことがあるものだ。
世界も広いが、日本も十分広い。
いずれにせよ、イギリスにおいて階級社会が崩れつつあるのだから、「ズーズー弁」がもっと高い地位を得る時代が来ても良いのかもしれない。