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我が"いびき"を滅さんとす。-死闘編-(体験レポ)


2022年、初春。
私は、自分のいびきを討ち滅ぼす決意を固めた。

いびきというのは、大半の人は自覚がないものである。
かく言う私も、妻にやんわりと指摘されるまで、気にしたこともなかった。

睡眠とは、誰にも妨害されてはならない聖域である。
その聖域の門前で、毎晩、土木工事の大騒音を叩きつけられたとしたら。
妻よ、私はなんと罪深い事を。

発覚後、私はすぐに、我が喉に棲みつく猛獣を追い払わんと、
対策を模索した。

世の中には、数多のいびき治療があったが、
その中で私は手術による治療を選択した。

私が手術を選んだ理由は2つ。

ひとつ、私はめんどくさがりである。
毎晩就寝時にマウスピースやCPAPの呼吸マスクを付けて眠る生活に耐えられそうにない。
その点、手術ならば、手っ取り早く効果を期待できる。


もうひとつ。私は痛みに強い
そう自負している。

高校時代、ラグビー部入部2日目で頭をかち割られ5針縫った時も、
大雨の中、大量の流血に爆笑しながら走って病院まで行った。

数年前、ゴミ収集車に轢かれ左肘を脱臼した時も、
気が動転し通報もままならない加害者に痺れを切らし、
残った右手で自ら119番通報した。

無類の病院嫌いである為、多少の風邪は気合いで治す。
親知らずも、痛みを我慢していたらいつしか元気に生えてきた。

そんな私が喉を少々切られたところで、大したことはない。
一般的には、1-2週間痛みは続き、術後数日は流動食が推奨されるほどらしいが、
私ならば術後当日にカツ丼くらいは食べれるだろう。

なお、手術以外のいびき治療については、別の記事にて言及している。興味がある方は参照されたし。


そして、当日。

私が通ったクリニックは、若い女性スタッフが多く、皆さん美人である。
特に、初診の時から受付や説明を担当してくれたスタッフの方は、
タレントの道重さゆみ氏に似た柔らかい顔立ちと雰囲気で、
病院の陰惨とした印象を和らげる、一輪の花であった。


「喉の手術を受けるにあたり、まずは、うがい液で消毒をお願いします。」

そっと差し出された紙コップには、濃い茶色の液体が底に数ミリほど入っていた。
綺麗な女性に、紙コップで、うがい液を渡される。
このシチュエーション、エッチなお店そのものである。

ドキリ。思わず、彼女の目を見つめ直す。
にこり。彼女は、優しく微笑み返す。

ここから、恋が、始まる。

接客:★★★★☆

馬鹿。ここはイメクラではない。

冷静になり(元より冷静だが)、コップを受け取ると、
水道水で薄め、口に含む。

痛っっっっっっっっっった!!!!!!!!


喉にうがい液を流し込んだ瞬間、喉風邪のような刺激が喉奥に広がった。

えー。なに。うがい液の時点で痛いってなに。
なんで?
もしや、痛みに強い俺の唯一の弱点、喉?
外皮が厚い敵には口の中に攻撃するって、定石だもんな。

しかし、刺激はすぐに収まる。慣れた。
なんだ、びっくりした。緊張してるのかな、俺。
うがい液を吐き出し、もう一口ふくむ。

痛った!!!


やっぱり痛い。先程ではないが。
騒ぐほどではないが、痛い。
うがい液界隈では、我が人生で一番強い。

手術前の消毒だもんな。
そら痛いわ。

むしろ風俗のうがい液ってアレでちゃんと消毒できてるのか?
俺はそっちの方が不安だね。大丈夫?
リステリンの方が刺激強いぞ。



何やかんなでうがいを済ませ、手術室へ。
リクライニングチェア型の手術台に横たわり、喉奥にスプレータイプの麻酔を散布される。

痛っっっっっっっっっっっっっっっったぁ!!!!!!!!


え?なんで?
麻酔って痛いの?
スプレーなのに?

「苦いですよね、大丈夫ですか?」

俺の苦悶を察してか、看護師さんの優しい気遣い。

え、苦味なの?これ?
痛みではなくて?
へ〜。辛味や酸味は刺激になるけど、苦味も刺激になるんだ〜。ほんとか?

「苦いっすね。たしかに。」

クールに、私は答えた。


様々な障害を乗り越え、ついに、手術が始まる。
大雑把に説明すると、「喉奥を切って広げる」手術だ。
切るといってもメスではなく、レーザーで焼き切る形なので、
縫合も不要で数分で終わる簡単なものだ。

喉奥を照らす為、手術用のライトが眼前で眩く輝く。
眩しくないようにと、目隠しをされる私。

「喉奥を広げる為に、『あー』と声を出し続けてください。」

若い男性医師に、淡々と告げられる。
歯医者でもよくやられるやつだ。

目隠しをされ、されるがままの私は、阿呆の様に口を開け、声を出し続けることしかできない。
あーーー。
口に指がねじ込まれ、無機質な何かが喉奥めがけて突っ込まれる感覚。
あーーー。

あーーーーーあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ごごごごごっぷごっぷごっぷ!!!!!!!


あまりの痛みと苦しさに、耐えきれず、えずいてしまった。

喉奥に何かを押し付けられる感覚、肉の焼ける匂い、喉奥の灼熱感と痛み。
麻酔により、術前から喉が腫れた感覚があったが(そういうものらしい)
そのせいか、余計に息苦しく感じ、
痛みと苦しみに、耐えきれずむせてしまった。

この俺が・・・?
痛みに強い、俺が・・・?
歯医者で「痛かったら手をあげてくださいね」と言われても、意地でも手を挙げるまいと幼少期から固く誓い、
未だに弱みを見せてこなかったこの俺が・・・?

「20秒、『あー』と言い続けてくださいね。」

冷酷な指令に、俺は医者に初めて"恐怖"を覚えた。
必死に、喉の肉を焼かれながら、悶絶しつつ脳内で20秒を数えた時、
自らの意思で焼き土下座を12秒間やり遂げた利根川の背中が、今の自分の状況に重なって見えた。

何度かのインターバルを挟みながら耐えること数分。
痛みと苦しみは最初がピークであり、徐々に慣れていった。
ふふん、やはり大したことない。
俺は、痛みに強い。

そして、ようやく処置が終わり、
目隠しを取られた私の眼からは、大粒の涙がボロボロと溢れていた。


「よく頑張りましたね。もう終わりです。」

ぽんぽんと私の膝を叩きながら、男性医師は優しく声をかける。
年下(推定)の医師の前で醜態を晒し、優しさまでかけられた私は、
自分の情けなさに、心の中で再び涙を流した。


待合室に戻り、道重さとみに術後の説明を受ける。
術後3日あたりが腫れと痛みのピークであること。
1-2週間程度は刺激の強いものやアルコールだけでなく、味の濃いものやフルーツなども沁みるので避けること。

すっかり自信を失った心に、道重さとみの優しさが沁み渡る。
彼女の存在は、今の私にとって、どんな麻酔や鎮痛剤よりも効く。

クリニックを後にする頃には、若干の痛みと違和感があったが、これなら耐えられそうだなという感覚であった。
ちょうど、喉風邪をひいて、咳をしまくった時の喉の状態に近い。

痛み止めと抗生物質はもらった。
これから1-2週間、どのような痛みが来ようとも、
何とでも乗り越えられるだろう。
そんな根拠のない自信が、再び湧いてきていた。

その先に待ち受ける過酷な運命など、
この時の私は、知る由もなかった。

次回、激闘編へ続く。

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