嫌われる勇気な先輩
他者から嫌われる勇気、あるだろか?
かの有名な著書「嫌われる勇気」
自由とは嫌われる勇気である、と。
私はどうだろう。
他者から嫌われる勇気を一切持ち合わせない人間である。
むしろ、人には適当に合わせて、みんなと当たり障りなく生きてきた。
自称 平和主義者。
良い人、カテゴリーなんだと思う。
そして、良い人、に思われたい人間だったのだ。
だった
過去形なのは、
今は、良い人に思われたいと、思わなくなったからだ。
そのきっかけは、職場の先輩との出会い。
先輩は、他者から嫌われる事を一切恐れない人なのだ。別に他者を敵に回すスタイルではない。自分に素直で、裏表なく生きているのだ。対人関係もストレート。誰だろうとハッキリいう。迷いがない。それで他者からどう思われてようと、気にしちゃいないのだ。
見ていて、清々しい。
カッコいいと思ったし、ああいう風に生きたいと思った。
その先輩は、
「他人に興味はない。自分さえよければ良い。誰になんと思われようと構わない。」と笑って話していた。
口だけじゃなくて、それを実践しているのだからスゴイ。
私はその先輩にはなれないし、
私は私。
でも、時には、ちょっとばかし、自分に先輩を憑依させてみる。
そうすると、段違いに生きるのが楽しくなるのだ。
先輩との出会いで、これからの私の人生、もっと楽しくなる気がする。