義父の船
海は苦手だ。
カナヅチの人はわかるだろうが、
泳げないから、危険しか感じない。
でも、風景が嫌いなわけではない。
むしろ好きだ。
ただ、砂浜から海に対して
足がつく範囲までしか移動できない。
テトラポッドなんて、登らない。
今から数年前に亡くなった義父が船舶免許を持っていて、義父の所有する船で一度だけ沖まで行ったことがある。
誘われた時は、正直断りかけたが、
なんとなく行ってみようと思い、
カナヅチはさておき興味本意で行ってみた。
なんて楽しいんだ。
海を車のように自由な移動できるのは楽しい。
波で揺れるが、その波のリズムも
体感的に掴め出すと、恐怖もなくなった。
沖に出て魚釣りをした。
途中で誤って竿を海に落としてしまった。
深い深い海の底に向かって落ちてしまった。
カナヅチだから、追えない。
落ちたものは仕方ない。と義父は言った。
その後、魚は多少獲れた。
楽しかったなぁという思い出は、残った。
海に対する苦手意識はちょっとだけ減ったようだ。
それから数年も経たずに義父は他界した。
そんなに長く義父と一緒に過ごしたわけではない。海に落ちた釣竿を思い出していた。
亡くなったものは戻らない。
でも、思い出だけは
色褪せることなく、夏になると義父が連れて行ってくれた沖を思い出す。
海に行けてよかったなと。