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Sequoia Capitalパートナーが語るAIの“6,000億ドル問題”

本稿では、投資家のDavid Cahn(デイビッド・カーン)が語るAI業界の最新動向と、彼が見据える長期的な展望を紹介します。David Cahnは、かつて Coatue在籍時にWeights & BiasesやHugging Face、Runwayなど著名なAIスタートアップに投資し、現在は、Sequoiaでパートナーを務めています。AIの“6,000億ドル問題”という注目のテーマを提唱しながら、Stargate計画や中国発の小型モデル「Deepseek」など、最新のニュースに対する見解を語っているのが大きな特徴です。さらに彼の宗教観や「人間とは何か」という深い問いが、AIへの投資判断にどのように影響しているのかも見逃せません。


1. Deepseekの衝撃:小型モデルはAIのコモディティ化を加速するか


最近話題となったのが、中国のヘッジファンドが開発した小型モデル「DeepSeek」です。DeepSeekは、既存の大規模モデルの出力を活用し“蒸留”を行うことで、比較的安価に高品質なモデルを構築した例として注目を集めています。

1つの大きなトピックは、AIのコスト構造が劇的に下がる兆しが見えたこと。大規模言語モデル(LLM)は、莫大なGPUと膨大な電力コストを要しますが、DeepSeekのような小型モデルのアプローチは推論コストや学習コストを下げ、アプリケーション開発者にとって魅力的な選択肢になりうる。

一方で、「これでAIが完全にコモディティ化してしまうのか?」という問いも生まれています。David Cahnは、「企業がモデル構築に使うコストが下がるのは、むしろアプリ層(サービス層)にとって好都合」と見ています。コストが下がれば新たなアプリケーションが創出される可能性が高まり、市場全体の成長を後押しするというわけです。

2. Stargate計画:天文学的投資は果たして実を結ぶのか


対照的にもう一つの話題が、Stargate(スターゲート)計画。こちらは約5,000億ドル規模とも言われる、莫大なデータセンター投資計画です。要するに「巨大モデルをさらに拡大して、GPUを積み上げ、高性能クラウドインフラを整備しよう」という流れ。

MicrosoftやGoogle、Amazonといったハイパースケーラー(クラウド大手)は、既存クラウド事業からの潤沢な利益をAI開発に再投資し“AI競争で他社に引けを取らない”ように動いています。しかし、投資コストを賄うには相当な売上が必要。こうした巨額投資を「エクイティ(自己資金)」でなく「レバレッジ(借入)を伴う形」で賄う兆候もあり、これまでとはやや異なるリスクが伴います。

David Cahnは、この二つの流れ(小型モデルの台頭と巨大モデル拡張への莫大な投資)が同時並行的に起きていることを指摘。片や「DeepSeek」のようにどんどん小型モデルが優勢になれば、Stargate的な大規模投資が無駄になるかもしれない。しかし、もし「小型モデルは限界があり、AGI(汎用人工知能)を目指すには超巨大モデルが必要」という見立てが正しければ、Stargate的な投資は次のブレイクスルーを引き寄せる可能性があります。どちらに振れるかは、まだ誰にもわからないのです。

3. 「6,000億ドル問題」が示すAI投資の収益化課題


David Cahnの代表的な主張に、「AIの6000億ドル問題」があります。これは、ハイパースケーラーが年間1,500億ドル規模でGPUなどAI向けインフラに投資している現状を見据え、“AIスタートアップや企業群がどれだけの売上を生み出さないと回収が成立しないか”を試算したものです。

  • 年間1,500億ドル分のGPU投資

  • データセンターや電力・冷却、運用コストを合わせれば2倍程度

  • 投資した分を50%のマージンで回収すると考えるとさらに2倍

結果として「6,000億ドルを稼がないと元が取れない」という計算に至ります。さらにこの投資は2024年以降も継続するため、累積で見れば1兆ドルを超える規模になりかねない。
ところが、現時点でのAI関連売上は、OpenAIやAnthropic、Hugging Faceなどを合わせてもまだ数十億~百数十億ドル規模。膨大な投資に見合う売上をどう創出するかが大きなチャレンジになっています。

4. AI検索が切り拓く新たなキラーアプリ


この膨大な投資がペイするには、「ビジネスを大きく動かすキラーアプリの登場」が不可欠とDavid Cahnは語ります。彼が最も注目しているのが、「AI検索」です。

AI検索の可能性

  • Perplexity
    David Cahn自身は、「Perplexity」というAI検索エンジンを1日10~20回利用し、調査効率が飛躍的に高まったと感じているそうです。従来の検索エンジンは、「探す手段」を提供するもので、ユーザ自身が最終的に読んでまとめる必要がありました。しかし、AI検索は、インターネットや企業のデータセットを参照したうえで情報を統合・要約し、直接“答え”を返すことが可能になります。

  • 職種別・分野別AIアシスタント
    法律専門のHarveyや、医療専門のOpen Evidenceのように、領域特化のAI検索・アシスタントも登場中。各業界のプロフェッショナルが求める形式で回答を返してくれるため、コスト削減や生産性向上が見込める。特に、大企業や専門業界では、扱うデータが大量かつ専門性が高いため、汎用LLMでは対応しきれない部分も多いと考えられています。ここに大きなビジネスチャンスがあるわけです。

5. 投資家から見た成功要因:製品力・Go To Market・そして“信じ抜く”姿勢


成功を左右する「Go To Market」の難しさ

Cahnは、多数の成功投資(Weights & Biases、Hugging Face、Runwayなど)の一方で、上手くいかなかった例もあると認めています。そこから得た学びとして最も大きいのが「Go To Market(GTM)の壁」です。優れたプロダクトであっても市場投入の仕方やセールス、製品の使われ方を明確にしない限り“20%の改善”程度では誰も導入しない。

  • Weights & Biasesの例
    創業初期はディープラーニング自体がまだ小さな領域だったが、最先端を走るチームが着々と利用し始め、少し待ってみると市場そのものが大きく成長。「素晴らしいチーム × 素晴らしいプロダクト + 市場の成熟を信じて待つ」という発想が重要だった。

  • Runwayの例
    初期は、現行ビデオ編集ツールの延長のように見えたが、創業メンバーは、映像・クリエイティブ領域への情熱が深く、Stable Diffusionにもつながるような技術革新を次々に生み出した。結果としてAI生成動画という新領域を開拓している。

Looking Smart vs. Being Right

さらに、Cahnは、「見栄えがいい投資」と「本質的に正しい投資」はしばしば相反すると指摘します。短期的に、「格好が良く、周囲から高評価を受ける投資」を追い求めると、数年後に大きな失敗を招きかねない。一方で、目先は理解されにくいが「本当に価値のある課題に取り組み、勝算のあるチームを信じ抜く」ことが長期的成功を導く鍵だと言います。

6. 宗教とAI:人間とは何か


Cahnは、ユダヤ教やキリスト教などの聖典を読むなど、宗教的視点を通じて「人間性」を深く洞察してきました。その中で興味深いのは、AIの意識や自己言及性(リカーシブな自己認識)を問う議論に、宗教の本質と通じるものを見出している点です。

  • 自己反省的プロセス(Self-Reflection)

    1. AIが、どれだけ賢くなろうと「自分が存在している」ことを主観的に理解し、“他者の痛みを推察する”ような共感力を得られるのかは未知数。しかし、宗教を含めた哲学の歴史は、「人間とは何か」を何千年も探求してきました。Cahnは、こうした思考の蓄積が、今後AGIの可能性を探るうえで大切になると感じています。

  • データや知性を超える価値

    1. すべての物事を演算可能とみなすAI的観点とは別に、宗教的観点は、「生命や意識は計算を超えた神秘」を含む、とも説くことがあります。この両面の理解が、投資判断にも微妙な影響を与えているのかもしれません。

David Cahnの視点を通じて浮かび上がるのは、AIが世の中を本質的に変えていく過渡期の壮大なドラマです。クラウド大手による大規模投資と、急速に安価化するモデルやアプリケーション領域の拡張。どちらに振れようとも、「人間が何を求め、どう進化していくか」が真の勝敗を決める鍵なのかもしれません。今後もAI投資の動向と、その根底にある人間性への洞察から目が離せません。

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