
生成AI×企業検索 - Gleanがもたらす業務効率化の革新
近年、生成AI(Generative AI)をはじめとした人工知能技術が急速に進化し、企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)のあり方も大きく変わりつつあります。その中で「エンタープライズ向け検索」の分野は、社内に散在する膨大なドキュメントやナレッジ、データへのアクセスをいかに効率化するかが鍵となり、注目を集めています。今回取り上げるのは、その“企業内検索領域”において先進的なアプローチで急成長を遂げる「Glean(グリーン)」の創業者であるArvind Jain(アービンド・ジェイン)氏のインタビューです。
Jain氏は、Googleの初期エンジニアとして検索技術を長年にわたり開発し、データセキュリティ企業Rubrikの共同創業も手がけた経歴を持ちます。2019年にGleanを立ち上げ、TransformerベースのAI技術を“社内検索”に応用することで、まだ明確な市場が形成されていなかった領域に挑み続けてきました。ChatGPTをはじめとする汎用的な大規模言語モデルの登場によりエンタープライズAIへの関心が一気に高まった今、その取り組みが大きく花開いています。本稿では、Glean誕生の経緯や技術戦略、組織づくり、そしてAIの進化がもたらす将来像をわかりやすくまとめました。
1. Glean創業の背景と問題意識
1-1. Rubrikでの気づきから生まれた「社内検索」の必要性
Rubrikでエンタープライズ向けのデータ保護・セキュリティ製品を手がけていたJain氏は、「急速に成長する組織ほど情報や知識が社内に膨大に散在し、社員の生産性が著しく落ちる」ことを実感していました。社内アンケートを取ると「必要なドキュメントが見つからない」、「誰が何を担当しているか把握しづらい」など、情報探索とコラボレーションの難しさが最大の不満として挙がったのです。
「Google出身の自分としては“検索で解決すればいい”と当初は思いました。しかし、市販の企業向け検索ツールはどれも期待値に届かなかったのです」とJain氏は語ります。Rubrikで社内利用する検索エンジンが見当たらず、社内ナレッジの効率的な再活用という根本課題も放置されたままでした。こうして2019年、Gleanがスタートします。
1-2. 「マーケットが存在しない」課題への挑戦
Rubrikが扱うデータ保護ソリューションは既に大手企業が予算を割く「確立したマーケット」でした。しかし、Gleanが挑む「企業内検索」は、当時はまだ“既存の予算枠”がほぼ存在しない分野。企業は社内検索の問題を認識してはいるものの、本格的に予算化するほどの痛みとは捉えていませんでした。いわば「痛み止め(ペインキラー)」ではなく「ビタミン」程度にしか見られていなかったのです。
この状況を打破するためには新たに市場を「創出」する必要があると考えたGleanは、まず社内に点在するあらゆるSaaSと連携し、厳密なアクセス制御を行いながら“誰もがストレスなく情報を探せる”検索体験を徹底的に磨き上げる戦略を取りました。
2. 競合との関係と市場の変容
2-1. ChatGPTがもたらした“需要の可視化”
Gleanは、当初からTransformerを活用した高度な検索を提供していましたが、2022年末のChatGPT登場を機に、エンタープライズにおける生成AIの認知度が一気に向上しました。「ChatGPTを使えば、人のように回答が得られる」ことが世間に広まり、企業リーダーは「社内版ChatGPT」のようなソリューションに強い関心を寄せるようになりました。
「ChatGPTが人々の興味を高め、私たちにとっては最高のマーケティング効果をもたらしてくれた」とJain氏は語ります。多くの企業が「自社の機密情報や権限管理を前提とした安全なAI活用法」を模索する中で、Gleanの検索基盤とAIアシスタント機能が改めて注目を集めるようになったのです。
2-2. 「競争を歓迎する」スタンス
生成AIのブームを受け、大規模言語モデルを擁するクラウド事業者や新興ベンダーがこぞってエンタープライズ向けのAI検索やエージェントを発表しています。しかし、Gleanはそれを脅威ではなく「市場を広げる良い機会」と捉えています。
「必要な課題は山積みで、全プレイヤーが参入しても全体の1%ほどしか解決できない。これから5~10年かけて仕事のやり方が大きく変わるが、その変化の余地は想像以上に大きいのです」
こう語るJain氏はむしろ、競合他社の多様なアイデアに刺激を受け、より優れた製品を磨く機会になると強調します。
3. 技術アプローチ:TransformerからRAG、エージェント構築へ
3-1. Transformer×セキュリティ×検索の三位一体
Gleanが提供する企業内検索の強みは、大規模言語モデル(LLM)のみならず、権限管理やセキュリティを前提とした複雑な統合基盤を含んでいる点です。各種SaaS(Google WorkspaceやMicrosoft 365、Confluenceなど)とAPIで連携し、ドキュメントの索引づくりからアクセス権限の動的チェックまでを一元的に行います。
さらに、検索技術の中核としてTransformerベースのモデルを導入。ユーザーが自然言語で質問をすると、RAG(Retrieval-Augmented Generation)方式で該当ドキュメントを検索・抽出し、LLMが最終的に要約・回答を生成します。「セマンティック検索」機能により、単なるキーワード一致ではなく概念的・文脈的な関連を把握できる点が大きな特徴です。
3-2. 各種LLM活用とハイブリッド構成
Gleanは、OpenAIやAnthropicなど複数のLLMプロバイダと連携し、「最適なモデルをタスクごとに活用する」方針を取っています。コード生成が得意なモデルや、長文推論に強いモデルなど、特徴に応じて切り替えることで常に最新かつ最適な性能を発揮できるよう工夫しているのです。
「当社は、“ファウンデーションモデル”自体をゼロから開発するのではなく、その上に“企業内情報へのアクセスと管理のレイヤー”を築くことで差別化を図っています。ベースモデルは日進月歩で進化しますが、その恩恵をユーザーに届けるのが私たちの仕事です」とJain氏は述べています。
3-3. エージェント構築プラットフォームへの拡張
Gleanは、さらに「エージェントビルダー」の提供を開始し、ユーザーがノーコードに近い感覚でビジネスプロセスを自動化するエージェントを作れるようにしています。「AIがシステム連携を自動で行い、順序立てて業務を実行する」という未来像はすでに実現段階に入りつつあり、今後ますます多様なタスクに対応可能になると期待されています。
4. 組織づくりとリーダーシップ
4-1. 一流のエンジニアチームとプロダクト志向
Jain氏は「スタートアップにおいて最初の1~2年で最重要なのは、優秀なエンジニアや営業、マーケティング担当を採用し、彼らが自律して動ける環境を整えること」と強調します。GoogleやRubrikの経験から、いかに質の高い人材を集め迅速に意思決定してもらうかが成功の鍵と考えているのです。
ただし、Gleanが提供するのは、エンドユーザー全員が使う“使い勝手重視”の製品であり、「高いエンジニアリングの質」と「日常利用されるUI/UX」の両立が不可欠でした。そのため、相応のR&D期間を確保しつつ、確実に高品質なサービスを提供できる体制を構築しています。
4-2. トップダウンとボトムアップのAI活用推進
「当社自身、社内でAIを活用しきれていなかった時期もありました。人はどうしても従来のやり方を続けがちだからです」とJain氏。そこでエグゼクティブごとに「1四半期に1つ、具体的なAI活用のユースケースをチームに導入する」という指標を設定し、全社的に取り組みを推進。社員が日常的にAIに触れ、実務レベルで活かせるよう意識づけを行っています。
この取り組みはGleanの顧客企業にも推奨されており、「AIは基盤技術であるだけに、人々が気軽に試せる環境づくりや教育が不可欠」という考えが広がっています。
5. 今後の展望:仕事と知識の未来像
Jain氏は、「5~10年後には、いま私たちが行っている業務の大半がAIエージェントに代替される」と予想しつつ、「仕事が消えるわけではなく、よりクリエイティブな面に人々がリソースを割ける時代が来る」と強調します。膨大な情報へのアクセスや資料作成の自動化、データ整理などはAIが担い、人間は戦略立案や洞察力を要するタスクに注力できるようになる、というわけです。
Gleanとしては「横断的なデータ統合と検索」から始まり、「企業内向けのジェネレーティブAIアシスタント」へと進化し、さらに「ノーコードで作成できるエージェントプラットフォーム」として企業のビジネスプロセスそのものを変革していくことを目指しています。
「私たちは、大規模言語モデルそのものを開発するわけではありません。そこはクラウド事業者や研究機関が追求していく。Gleanは、お客様のエンタープライズデータとAIを橋渡しするプラットフォームとして、誰もが業務にAIを組み込む時代を切り開いていきたいのです」とJain氏は述べ、競争が激化する中でも柔軟なコラボレーションを続ける姿勢を示しています。
Googleでの検索技術開発やRubrikでのデータセキュリティ事業経験を経たArvind Jain氏のGleanは、一見ニッチに思われがちな「企業内検索」にTransformerのような先端技術をいち早く応用し、社内のナレッジやドキュメント管理に関する課題を抜本的に解決しようとしています。ChatGPTをきっかけにエンタープライズAIへの注目度が急上昇したことで、Gleanの取り組みは「まさに今求められているもの」として大きく脚光を浴びています。
とはいえ検索や情報アクセス、権限管理の徹底といった基盤は簡単には真似できない強みであり、今後はより高度な自動化やエージェント化が進むことで、社内外のコラボレーションがさらに加速するでしょう。Gleanの躍進は「エンタープライズAI」という新たな市場の変革の象徴であり、企業がAIを組織全体に浸透させる一つの模範的アプローチといえます。今後どのようにビジネスプロセスが変わり、人々の働き方が進化するのか、その動向から目が離せません。
関連記事