![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/171862839/rectangle_large_type_2_0d2d334dc7c719c8a3121bac9cd997de.png?width=1200)
TSMC創業者 モリス・チャンの経営哲学 - 世界を動かす“ゲームチェンジ”の一手
「半導体製造受託(ファウンドリ)」というビジネスモデルを世界で初めて大規模に確立し、今や世界最大級の時価総額を誇る企業へと成長したTSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)。その創業者であるモリス・チャン(Morris Chang)は、56歳という年齢で同社を立ち上げ、まさに“ラーニングカーブ”理論を武器に半導体産業全体の構造を塗り替えた人物として知られています。
本稿では、TSMCが挑んだ資金調達の具体策を含む成長ストーリーや、アップルやエヌビディア(Nvidia)との提携秘話、そして「Pure Play Foundry」という独自戦略がもたらしたインパクトを詳しく解説します。さらに、最新のナノメートル工程やグローバル展開についても触れ、TSMCと半導体産業がこれからどこへ向かうのかを展望します。
1.“Pure Play Foundry”という逆張りの勝利
1-1. インテルや既存IDMとの決定的な違い
半導体業界の初期は、インテル(Intel)をはじめとするIDM(Integrated Device Manufacturer)が、垂直統合型のビジネスモデルでほぼ独占的に存在感を放っていました。製品の設計も製造も自社で行うため、他社に製造を委託するという発想は極めて珍しかったのです。
モリス・チャンは、テキサス・インスツルメンツ(TI)在籍時代に学んだ“ラーニングカーブ”理論や、業界全体のグローバル化を見越し、「自社で製品を設計しないからこそ、あらゆる企業の製造パートナーになれる」というビジョンを示しました。これこそが「Pure Play Foundry」――すなわち設計には一切手を出さず、製造特化型の受託サービスを世界で初めて大きく展開するという逆張り戦略です。
1-2. ファブレス企業との共生
1970~80年代後半、ファブレス(設計専門)企業の台頭が徐々に始まっていました。しかし、当時は、多くのデバイスメーカーが余剰生産分を外部に回していた「余剰キャパシティの小規模受託」が中心。モリス・チャンは、「ファブレスは今後拡大する」と確信し、“完全受託”のファウンドリを大規模に構築。まだ主要顧客が少なかった創業初期は、他社IDMの補助ライン的な仕事も引き受けつつ、徐々にファブレス企業の需要増に合わせて生産能力を整えました。
2.アップル・エヌビディア・クアルコム――世界的顧客との攻防
2-1. エヌビディアとの出会い:小さなGPU企業が大口顧客へ
1990年代後半、ある小さなGPUメーカーからTSMC本社宛に一通の手紙が届きます。それがエヌビディア(Nvidia)のCEO、ジェンスン・フアン(Jensen Huang)からの直談判でした。当時のエヌビディアは、経営危機寸前。TSMC社内の一部は「小規模すぎる」と取り合わなかったものの、モリス・チャンは直感を信じ、ジェンスンと直接対話に踏み切ります。その結果、GPU製造を全面的に受注。わずか数年でエヌビディアを主要顧客のひとつに育て上げます。
ところが2009年、40ナノメートル工程における歩留まり(製品として使えるチップの割合)の問題が深刻化。エヌビディアとの間に大きな摩擦が生じました。結局モリス・チャンは自らCEOに復帰し、最終的には一括補償として1億ドル超の和解金を提示してエヌビディアとの関係を修復し、今もGPU分野で最重要顧客の座を維持しています。
2-2. クアルコムのシェア獲得とIBMの苦戦
クアルコム(Qualcomm)は当初、IBMの半導体部門を主要ファウンドリとしていましたが、やがてTSMCに生産を大きくシフト。それによりIBMの半導体事業は大打撃を受け、TSMCの存在感がさらに高まりました。生産規模が拡大するとコストが下がり、より安い価格でクアルコム側の高性能チップを大量製造できるという“ラーニングカーブ”の優位性が決定打になったのです。
2-3. アップルとの大勝負:20nm開発と資金調達
しかし、TSMC最大の転機は、アップル(Apple)の登場でした。2010年頃、iPhoneが世界を席巻し始めたアップルは、大量のチップ製造を担うパートナーを探していたのです。TSMCは、28ナノメートル工程で世界トップ水準に達していたものの、アップルが求めたのは“20nm”という中間工程。その開発には莫大な追加投資と研究が必要でした。
資金調達の壁:社債発行か増資か、配当維持か
TSMCは、既に28nmへの投資で手持ちキャッシュを大幅に投じており、さらなる設備投資は財務的なリスクが大きい。そこで悩んだのが「どこで資金を調達するか」でした。具体的には以下の選択肢を検討しています。
配当の削減または停止
しかし、株主の多くは安定配当を期待しており、断行すれば株価急落の恐れがある。大規模な増資
株式希薄化を嫌う既存株主からの反発リスクがある上、スピード感も制約される。社債(コーポレートボンド)の発行
当時のTSMCなら信用格付も高く、金利条件も有利に引き出せる公算が大きい。
最終的にゴールドマン・サックスなど投資銀行のアドバイスを受けた結果、大規模社債による資金調達を決断。さらにアップルが提示した膨大な生産数量のうち、「最初は半分だけ受注し、会社の財務体力と歩留まり改善を優先する」という折衷策をモリス・チャン自らアップルCOOのジェフ・ウィリアムズに提案し、粘り強く合意を獲得しました。
16nmへの道とサムスンの先行
ところが20nmを経由したことで、16nmの開発がやや遅れます。その隙を突いてアップルは、当初サムスン製造ラインも活用し、一部をサムスンに発注。しかし、最終的にTSMCが16nm工程を量産化すると、歩留まりの高さと供給安定性が評価され、ほとんどの生産をTSMCに一本化。これによってTSMCとアップルの関係は飛躍的に強化され、同社は、iPhoneのSoCやMシリーズチップといった高付加価値製品の製造を一手に担うまでに至ります。
3.“ラーニングカーブ”という成長エンジン
3-1. コストと量産経験の掛け算
モリス・チャンが、TI時代にボストン・コンサルティング・グループ(BCG)から学んだ“ラーニングカーブ”理論は、「生産量が増えれば増えるほど、経験値が高まり単位コストが下がる」というもの。これは最終的に「業界最大の生産量を確保した企業」が強い価格競争力を持ち、かつ潤沢な利益を研究開発へ再投資できるという勝ちパターンを生みます。
3-2. 8%ルール――R&Dへの継続投資
TSMCは早期から、「売上の8%をR&Dに充てる」という方針を打ち出しました。景気に左右されず一定比率を投下し続けることで、CoWoS(先進的パッケージング技術)やEUVリソグラフィ工程など、世界最先端の製造プロセスを着実に開発。これもラーニングカーブを加速させる要因となっています。
4.新たなフロンティア:2nmプロセスとグローバル展開
4-1. 台湾・新竹サイエンスパークの圧倒的エコシステム
TSMC本社のある台湾・新竹サイエンスパーク周辺には、EDAツールベンダー(CadenceやSynopsysなど)やARM、MediaTekといった設計企業も隣接しており、大学の研究機関も併設されています。最新の2ナノ世代開発に向け、工場(ファブ)の拡張が進行中。このような密集型エコシステムは、歩留まり改善や技術連携を加速させる強力な基盤となっています。
4-2. アリゾナ工場と供給網の再編
地政学リスクやサプライチェーン強靭化の要求から、TSMCは、アメリカ・アリゾナにも大規模ファブを建設しています。ただし、新竹ほどのエコシステムはまだ形成途上であり、最先端ノードの大量生産をどこまで海外拠点に割り振るかは課題となっています。一方で、米国政府や大手顧客からの後押しもあり、今後さらに巨額資金を投じたグローバル生産体制の強化が予想されます。
以上、ファウンドリという半導体製造の新境地を切り拓いたTSMCとモリス・チャンの歩みを、資金調達を含めた具体的な視点で振り返りました。莫大な設備投資とラーニングカーブ戦略、そしてアップルやエヌビディアとの攻防がどのように結実し、現在のTSMCの“独壇場”を築いたのか。これらの要素が複雑に絡み合いながらも「誰とも競合しない製造パートナー」という独自ポジションを貫くことで、TSMCは、前人未踏のナノメートル領域へ踏み込んでいるのです。さらなる進化に向けた次の大勝負も、全世界のテクノロジー産業が固唾を飲んで見守ることになるでしょう。