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法務省インタビュー ~政策を創るパートナーとしてともに歩んでいきたい~

2022年秋、岸田政権がスタートアップ育成5か年計画を打ち出して以来、日本の行政の現場ではスタートアップを後押しするための様々な改革が進められている。

スタートアップ協会では、この改革の最前線で活躍する官公庁のキーパーソンの考えや思いを明らかにする「スタートアップ・キーパーソン・インタビュー」を連載してきた。第一回は経済産業省の吾郷氏であった。

昨年12月、スタートアップの会社設立手続きの簡素・迅速化が発表された。公証役場に赴く必要があった定款認証の対面確認を省略可能とし、これまで2~3週間要した起業手続きを最短3日程度で完了できるようにするとして、スタートアップ関係者を驚かせた。

こうした取り組みを法務省で推進してきたのが、法務省民事局総務課長の藤田氏だ。

法務省は、民法・刑法といった基本法の整備や刑務所・入国管理など国の秩序維持に関わる業務を担当し、経済政策とは異なる対応が求められる堅い印象の省庁である。そんな「守り」の側面が強い法務省で、最短3日での起業を可能にするような見直しの動きがどのように生まれたのか。また、今後どのような方向に進んでいくのか。スタートアップ協会の砂川代表理事が伺った。


プロフィール

ゲスト

藤田 正人 氏 法務省民事局総務課長

藤田 正人
法務省民事局総務課長

1974年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。Duke Law School客員研究員。
2000年に裁判官任官。民事裁判官として、大阪地裁、福岡地裁、東京高裁などで勤務するとともに、法務省でも長く勤務し、司法法制部参事官、民事局参事官、民事第二課長などを歴任。法曹養成改革や所有者不明土地問題などに関わる。2023年7月より民事局総務課長として、全国の法務局の組織管理等を担当している。

インタビュアー

砂川 大 一般社団法人スタートアップ協会・代表理事

砂川 大
一般社団法人スタートアップ協会・代表理事
株式会社スマートラウンド・代表取締役

1995年に慶應大学法学部卒業、三菱商事入社。海外向け鉄道案件を手掛ける。2001年にHarvard Business Schoolに留学。
卒業後、米国独立系VCであるGlobespan Capital Partnersに入社し、ディレクターとして投資業務に携わる。同社日本代表を経て、2005年に起業。
株式会社ロケーションバリューの代表取締役社長として、複数の位置情報サービスを展開し、2012年にNTTドコモに同社を売却。2年半のロックアップを経て、2015年にGoogleに入社し、Googleマップの製品開発部長、Androidの事業統括部長を歴任。2018年にGoogleを離れ、株式会社スマートラウンドを起業、現在に至る。エンジェル投資家として国内外のスタートアップに投資も行っている。



転機となった「秋のレビュー」

砂川:藤田さんとの出会いは、2023年11月の政府の行政事業レビュー(秋のレビュー)でしたね。会議後にお声掛けいただいてから、やり取りが始まりました。このレビューは毎年開催しているのでしょうか。

藤田:ええ、行政事業レビューは、春秋の年2回開催しています。各省庁の様々なテーマが取り上げられますが、あの時は、定款認証が取り上げられ、砂川さんからずいぶん厳しいご指摘をいただきましたね(笑)。

砂川:そうでしたか(笑)。

藤田:株式会社の設立手続きについてはこれまでも議論されてきましたが、ここ数年、政府全体がスタートアップの育成強化に力を入れていくなか、スタートアップを後押しする意見がより多く出てくるようになりました。法務省は、全ての会社組織を対象とする会社法などを担当する立場上、原理原則の立場から見直しに慎重になりがちとも言われますが、あのときは「スタートアップ目線で考えてほしい」「古い原理原則にとらわれないでほしい」という意見が多く出され、砂川さんをはじめ、スタートアップを支える強い思いにちょっと圧倒されながら、気づきも多い機会だったと思います。それも踏まえ、2024年6月に規制改革実施計画として、会社設立手続きの見直し方針について閣議決定しました。

砂川:法務省にとっても、大きな転機となる場だったわけですね。

2023年11月11日(土)~12日(日)に、内閣官房の秋の行政事業レビューが実施された。当協会からは、法務省の「規制(公証人による定款認証について)」の回に、代表理事の砂川が有識者として出席し、意見出しを行った。
https://www.youtube.com/live/muW47MEFkfs?si=L9QC_2SVOBx2djjz


マインドチェンジを遂げた法務省

砂川:次に、法務省の普段の業務についてお聞かせください。

藤田:法務省には、民商事や刑事などの基本法を担当して法改正を担う立法部署から、全国各地の法務局や刑務所を統括する行政部門まで、様々な業務が存在します。そのなかでも民事局は、民法や会社法など、企業活動にも深く関わる法律の必要な見直しを行うことが重要なミッションです。立法にあたっては、法制審議会というオープンな場で、経済界や労働界など各方面を代表する方々と議論を尽くし、コンセンサスを得ながら検討を進めるのが基本となります。多少時間はかかりますが、国民生活や経済活動の根幹を支えるルール作りという意味で、やりがいとインパクトの大きい仕事と感じています。

砂川:日本の経済の基盤となるルールを定める立場としての、責任の重い業務ですね。他方、世の中の変化はますます加速し、経済を担うプレイヤーも変わりつつあります。法務省はこの変化にどのように機動力をもって対応しているのでしょうか。

藤田:法律を作るという点では、平成・令和の時代を通じ、私たちもマインドチェンジしてきました。昭和や平成初期は、各分野の大家の学者を中心にじっくり数年かけて議論を重ね、法改正に至るという例が多くありました。しかし、平成期の社会構造の変化や行政・司法改革の流れの中で、時代に即応した民事立法が求められ、立法の検討ペースも格段に速まりました。もちろん、スピードが上がっても、基本法の重要性や影響の大きさは変わりませんし、たとえば会社制度を捉えても、会社という存在は社会の公器ですから、基本となるポリシーは押さえていかなければならないと思っています。

藤田:最近のスタートアップ政策では、法務省は、内閣府や経済産業省などとの議論を通じて、いわば「間接的に」スタートアップの実情や声を聞くことが多かったかもしれません。しかし、それではニーズをリアルに把握して応えていくのは難しい。今回の会社設立手続きに関しても、スタートアップの皆さんは、上場会社を含めたすべてのルールを直ちに見直せと言っているわけではなく、特にスタートアップのニーズに応える見直しを急いでほしいと要望していると感じました。そこで今回、砂川さんのようなスタートアップに近い方々からも直接意見を伺い、スタートアップを念頭に置いた新たな選択肢として、できるだけ早く、できれば数日間以内に会社設立したいとの起業家のニーズに可能な範囲で応えていこうと考えたのです。

砂川:ありがとうございます。正直なところ、我々も法務省に「お堅い」イメージを持っていたので、今回こうして意見を直接聞いてもらったことに驚きました。


デュアルトラックによる「48時間原則」の実現

砂川:では、スタートアップの設立に関してお聞きしたいと思います。日本の会社設立は、シリコンバレーで標準となっているデラウエア州での設立と比べると、柔軟性に欠ける点がいくつかあります。このため、迅速に会社を立ち上げ、グローバル展開を目指すスタートアップが海外に流出することを懸念しています。私たちスタートアップ協会は、日本をスタートアップフレンドリーな「聖地」のような場所にすることを理想としていますが、この理想に向けてどのように取り組むべきでしょうか。

藤田:今後の方向性として、より多くのスタートアップを生み出し、その中から成功例を出していくというアプローチは重要でしょう。そのうえで、会社として社会で活動する以上、最低限の品質保証は必要だと思います。会社組織を用いた詐欺商法やマネロンが増えているのも確かです。他方で、スモールスタートするスタートアップのような場合、会社設立の場面で過大な時間や手間をかけさせる必要はありません。会社の実態に問題がありそうなケースや後々トラブルの種になりそうな芽を摘むために必要な合理的な審査プロセスを設け、それをクリアすれば会社としてスタートできるようにしていくのが基本と思います。

藤田:会社設立について、これまでは、大会社の子会社化も、個人事業主の法人成りも、副業や学生の起業の場合であっても、同じく法人格を生み出す効果がある以上、同様のルールと手続きで審査を行うのが基本でした。今回、スタートアップの皆さんとの議論も踏まえ、この原則のもとでも、スタートアップの実態やニーズに合った柔軟な形で対応できないかを考えました。そして、デジタル手続きを一層活用して、スタートアップ向けに負担が軽減された迅速な審査コースを追加し、いわゆる「デュアルトラック」を設けることは、日本の法制度でも可能と整理し、スタートアップにフォーカスした見直しにチャレンジすることとしたのです。

砂川:デュアルトラックについて、もう少し詳しくお聞かせいただけますか。

藤田:デラウエア州のような簡易な登録のみの無審査で会社設立を可能とすると、わが国で株式会社が爆発的に増加することになりますが、品質保証は困難となりハードルも多いでしょう。特に上場企業の子会社化や、投資を前提とした複雑な組織形態の会社設立では、スピードや簡便さよりも、ミスのない正確・厳密な設立手続きの実現が優先されます。そういった会社には、弁護士・司法書士等の専門家や公証人がじっくり関与・審査する従来型の対応が適していると考えます。

藤田:一方で、これから起業しようとする学生や忙しいビジネスパーソンにとっては、まずは会社組織を立ち上げることが優先され、事業規模や組織形態はかなりシンプルなものになることが多いでしょう。そういったスタートアップを念頭に、最低限の品質を担保しつつ、シンプルな実態に合った形で審査を迅速化・効率化するためのメニューを考え、昨年12月から段階的に、定款認証や設立登記に関する新運用を実装しています。「48時間原則」と「ウェブ会議原則」と呼ぶもので、例えば、スタートアップ向けに「48時間」以内で公証人の定款認証を完了させるスピードコースを設けたことや、公証役場への来所を原則不要としてウェブでの手続きに切り替えたことが、このデュアルトラックの取り組みの一例です。

砂川:ありがとうございます。7月からスタートした「定款認証デジタル実務検討会」で、スタートアップに寄り添った更なる見直しの実現に向けて、一緒に議論できればと思います。

2023年12月、法務省は、小規模で簡素な会社をスピーディーに設立できるよう、定款作成支援のデジタルツールを初めて全国公開した。このツールは公開後も、関係者との対話を重ねながら継続的に改善が進められており、民間の二次活用も進められている。
加えて、このツールを使って作成した定款については、原則「48時間」以内に定款認証手続きを完了する運用が、東京都内と福岡県内の公証役場で開始されており、今後エリア拡大の予定だ。
起業家がこれまでよりも負担を軽く会社設立手続きを行うための環境整備が着実に進んでいる。
法務省「スタートアップ支援のための定款認証に関する新たな取組」
スタートアップ支援のため、定款認証に関する新たな取組を開始します。|日本公証人連合会

さらに2024年7月からは、スタートアップの設立手続きをより円滑にするため、「モデル定款の導入」と「公証人の面前確認手続きの見直し」を主軸とした、官民の構成員による「定款認証デジタル実務検討会」が始動した。この検討会には、スタートアップ協会から砂川代表理事が参加している。
定款認証の負担軽減のためのデジタル活用に向けた実務検討会


政策を創るパートナーとしてともに歩んでいきたい

砂川:今後、スタートアップが法制度を「こう直してほしい」「ここがおかしい」と思ったときに、どのようにアプローチすればよいでしょうか。

藤田:省庁ごとに様々な政策がありますが、基本的には、まずは課題解決を共通認識としたうえで、落ち着きどころは、様々なプレイヤーがいるなかの折り合いで決まっていくことが多いと思います。今回のスタートアップの会社設立については、岸田政権のスタートアップ政策の旗印のもと、負担軽減を図ることには関係者が同じ方向を向いていました。もっとも、抜本的な見直しに懸念や課題の指摘が多くある状況でしたので、その打開には、個社の状況ではなくスタートアップ全体の声として、優先順位や解決案を集約して声を届けていただくことが重要です。まとまった方向が具体的に見えることで、物事はより円滑に進みやすくなります。

砂川:つまり、スタートアップ協会のような団体を通じて、多様なスタートアップの意見を代表する形で対話することが重要だということですね。

藤田:その通りです。また、利用者や民間の立場からは、一気に100点を目指す大きな変革を求めることも少なくないと思います。しかし、テーマによりますが、制度上の一貫性や政策の連続性を考慮すると、まずは実利があるのならば30点や50点を早期に実現する段階的アプローチが適切な場合もあります。にらみ合いを続けるのではなく、まずは部分的であってもコンセンサスを得て実現し、徐々にステップアップしていく。ギリギリどこまで実現可能かを段階的に見定めるため、継続的に対話を行うアプローチも有効だと考えています。

砂川:スタートアップとの対話において、特に重視されている点はありますか。

藤田:法制度を担う立場として、私たちが最も知りたいのはファクトとデータです。スタートアップの皆さんが現場でどのような課題に直面し、どのような改善を望んでいるのか。そういった声を説得的に聞かせていただくためにも、できるだけ客観的・具体的な数字や実例に裏付けられた情報をお聞かせいただくことが重要と考えています。課題解決の前提となる共通認識化が、実はなかなか難しいと感じます。

砂川:ありがとうございます。スタートアップ100社以上が加入しているスタートアップ協会としても、会員企業の声を集約し、できる限りデータに基づいた議論ができるよう努めていきたいと思います。最後に、スタートアップエコシステムに向けてメッセージをいただけますか。

藤田:お伝えしたいことは多いですが、3つお話しします。まず、率直にいって、スタートアップ業界と私たちでは日頃からの情報共有や意見交換がまだまだ十分でないと感じます。お互いに適切なチャンネルで議論を尽くし、社会のニーズを捉えて、ともに政策を創り上げていく関係を築いていきたい。今回のテーマに関わる「定款認証デジタル実務検討会」がそのような場になることを期待しています。次に、基本法を所管する法務省の立場からは、経済的合理性のみを追求するわけにはいかず、弱者保護や社会の安全のために、経済界に負担をお願いすることもあるでしょう。こうした立場の違いは踏まえつつ、制度を作る側と使う側として、政策ごとの一時的な関係ではなく、既存の経済団体などと同じく、良い時も悪い時もずっと伴走する息の長い関係性を築いていければと思います。

藤田:最後に、法務省に限らず、政府全体や関係団体と幅広くコミュニケーションを取っていただくことも重要です。スタートアップ政策には多くの省庁が予算・税制・制度面などで関わっていますし、弁護士・司法書士といった専門家との連携も期待されます。法務省も含めて全員が応援団とは限らないので(笑)、姿勢や温度感の差を感じる場面もあるかもしれませんが、それぞれのスタンスや行動原理を理解することは重要です。私も、日頃からの他省庁とのやり取りで、その把握にいつも苦労しています。そして、今回ご一緒している会社設立の見直しの議論も、まだ進行途上です。引き続き、関係各省庁・団体と建設的なキャッチボールを続けていただければと思っていますし、私も引き続き、皆さんとの関係を継続していきたいと考えています。

砂川:ありがとうございました。


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