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永遠の化学物質・PFAS

 ヒューライツ大阪(アジア・太平洋人権情報センター)のオンライン講座「『ビジネスと人権』の視点からPFAS汚染問題を考える」を聴いた。
 昨年、日本を訪問調査した「国連 ビジネスと人権 作業部会」報告については、ジャニーズの性加害問題が注目を浴びた。しかし同時に、PFAS(有機フッ素化合物)問題にも、ここで言及されていたとは、私は気付いていなかった。
 今年6月、国連人権理事会における発表では、水質汚染や健康問題に対する国による対策の実施、汚染者負担の原則に基づく企業責任に関して、同部会から勧告をされている。日本では国連の動きや国際人権基準が全く軽んじられているので、まずはそこを何とかする必要があるのだが…。

 焦点になっているのは、市長が交代したばかりの大阪府摂津市。汚染源とされるダイキン工業が立地するまちである。
 同社は、1960年代後半~2012年にPFASの一種であるPFOAを製造・使用し、付近の水質が汚染されたらしい。そして今も、摂津市内の地下水からは国の暫定目標値(50ナノグラム/リットル)を大きく上回る値が検出されている。
 摂津市をはじめ大阪府民など、約1000人の血液検査を実施した京都大学と市民団体「大阪PFAS汚染と健康を考える会」は、参加住民の3割から米国の基準値を超えるPFASが血中から検出されたという。
 米国のバイデン政権はこの間PFAS規制を厳しくしてきたが、日本には暫定目標値はあるものの規制はない。
 今回のセミナーでは、4人が約30分ずつ下記のような話をされた。
*小泉昭夫さん(京都大学名誉教授)が「PFAS問題とは何か」の概論
*原田浩二さん(京都大学准教授)がPFAS血中濃度調査の結果説明
*増永わきさん(摂津市議・共産党)がアピール文の読み上げ
*渋谷進さん(市民団体代表)が明石川流域の汚染問題の取組説明

 古くは2007年に産経新聞が一面で取り上げたので、国内でも関係者が気付いてからもう15年以上経っている。
 世界的に見れば最初は1998年、米国で酪農牛が多数早死にしたことを契機に、隣接するデュポン社の廃棄物埋立地が疑われ、この問題が露見したという(「地平」2024年10月号、天笠啓祐論稿)。そこから数えればもう四半世紀。
 例えば、アスベストも、私は学生時代(80年代)に毎日新聞の報道を見た覚えがあるが、救済されるようになったのは21世紀になってからだった。こういう公害報道を聞くたびに、対策の遅れについては既視感を覚える。

 PFASは「永遠の化学物質」と呼ばれるほど、環境の中に長期間残留する。WHOはそのうちPFOAを、アスベストと同等の発がん性物質と認定したという。調査結果の概略をもう少し紹介すると、
*府内の参加者で種々のPFASの検出が見られ、特に摂津市民はPFOAの割合が高い
*合計濃度は、東京都多摩地域と同等だった。(多摩地域では、PFASを含む泡消火剤が米軍の横田基地内で漏出、地下水から国の暫定目標値を上回る値が検出された。2023年7月6日、NHK首都圏ナビ)
*吹田市と兵庫県民の各一人に突出して高い数値が出たが、この人たちはダイキンの従業員だった
*一部は農産物が経路と考えられる

 現段階の調査結果では、有意差があったとしてもサンプル数に限りがあるので、改めて国や府による詳しい調査が必要だろう(府による水質検査はされている)。
 大気への拡散がなかったとしても、水系をたどるのは難しいもので、意外なところに影響が出ることがある。最近は地産地消を求める動きがあるが、地域の農業関係者は困ってしまうだろう。飲料水にしなくても農産物経由での摂取もあるからだ。
 しかし、果たしてすんなり調査が実現するか…、ダイキンには抵抗もあるだろうが、それよりも、新たな課題に対して府庁が動ける状況にあるのか、そこに懸念を感じる。

 私はかつて、産業廃棄物置き場の下流域の農家から「水が汚れている」との苦情があり、府の代わりに現場を調査したことがある。なぜそんなことになったかというと、「小さな政府」論ばかり喧しいがために、府職員が足りず「下請け」をさせられたのだ。
 産廃を所管するのは、政令指定都市などを除き、基本的に都道府県である。しかし、広い北大阪地域(西は池田市から東は枚方市に至るまで)を担当する府職員は、当時たったの二人であった。これは20年前の話なので、今はもっと減らされたかもしれない。こんな調子で、山ほどある産廃置き場の監督などできるはずがない。
 (そして、この後もたいへんだった。気づかなかったが産廃置き場には監視カメラがあったらしい。ヤクザとおぼしき人物からイチャモンの電話がかかってきて怒鳴られ脅された。府に言うてくれや…。)

 話が飛んでしまったが、議会で与党が問題視するか(今の状況は野党ではダメだ)、トップダウンで首長が指示するかしないと、このPFAS問題について限りある人的資源を投入しようという自治体は少ないだろう。
 規制されていないなら府としてやれることはなかったと強弁するのか、いやそれでも問題があれば打つ手をさがすべきだと考えるか、そこが分かれ道だが、余裕のない組織では前者になってしまう。

 もう一つ、事態を収拾する上で、行政批判を聞いて感じること。ダイキン・府・摂津市が三者協議しており、これについて公文書の開示請求がされている。会議報告は要約でカットなどされずに、下記のように素直に書かれていた。
 摂津市「市としては三者協議のことをどこにも伝えていない。どの程度までなら(公表を)行ってよいものか」、ダイキン「府の公表の範囲内なら問題ないが、敷地内濃度は公表してほしくない(以下略)」、等々。

 一般的に役人というものは、仕事しない、責任取らない等々、よく言われる。たしかにそういう輩もいるが、多くは真面目で腰が低く、むしろ「お人好し」な人柄の職員が多い。問題は、背景にある「無謬の行政」神話、つまり行政は間違わないことになっている、という神話である。この考えに基づいて動くと、ずるい、狡猾な職員に化けてしまう。
 間違ったら「間違えました」、悪いことをしたと思ったら「ごめんなさい」、と素直に言える行政で、それを聞く気のある世間であれば、状況は変わってくるのにと思う。
 いま兵庫県で起こっている事態はあまりに異常で、あれは直接には職員、間接には県民が被害者だが、マスコミも市民も相手を袋だたきにして溜飲を下げるばかりでなく、どうやったら事態が好転して一歩前進できるのか、対話と熟慮がほしいと思う。

 ところで、ダイキンのサイトを見ると下記のように書かれていた。
*2024年8月、大阪府等の調査で、摂津市の地下水から指針値(暫定)を上回るPFOA値が検出された。
*こうした地下水の状況は、当社の製品が原因の一つとの認識に立つ。
*大阪府、摂津市とも協議し、地下水の揚水・浄化等の対策を講じてきたが、今後もPFOA濃度が低減するよう、遮水壁の対応と合わせ、引き続き対策を継続する。
 このように自社が原因の一つだと認め、「ステークホルダーとの対話を通じて」「社会に貢献しながら成長する」(同社のCSRページ)と宣言されているので、汚染者負担の原則に基づき今後の動きが期待されるところだ。

 わが家にもダイキンのクーラーがあるし、テフロン加工のフライパン、撥水剤など、PFASは日常生活と密着しており、消費者として自分が考えるべきこともあるのでヒトゴトではない。
 とにかく、どの程度の量で人体にどんな影響があるか、よくわかっていないのに、それを調べようともせずに、便利だからといってみんな使ってきたわけだから。

 ちなみに、今回の講座資料には、大阪ろうあ会館が提供するcaptiOnlineによる文字通訳のトリセツが付いていた。ほんの数年前にはcaptiOnlineって何?と言っていたのが、今や標準装備になったんだなぁ…、と感じた。