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安本博司さん「コリア系移住者の民族継承」

 コリアン・マイノリティ研究会主催の講座に参加した。在日コリアンも三世・四世の時代になって、「価値観の多様化」と一口に言ってしまえば簡単だが、個別化するニーズに応えるのは、障害者差別解消法の「合理的配慮」(必要な便宜供与)と同様に、対話と熟考を要する。そのための準備として、生でライフヒストリーを聴くに勝るものはないと感じた。

 安本さんのお話は、ネットに博士論文が載っており、それに基づく著書の解説と+αをしてもらった形だが、ご自分の出自や家族に真摯に向き合って、さらにそれを研究テーマにされてきたのは精神的にたいへんだったろうと思う。
 先行研究の欠落や限界を見据えて、民族継承とジェンダーについてや、在日と女性という複合差別などに切り込まれたのは、着眼点としておもしろい。
 まとめとして提示された主なものは次のとおり。

*韓国朝鮮語の家庭内継承は既に困難になっており、親はそれを民族学校での教育に求めている
*子どもの教育における民族性の維持という課題が、女性に負担感を与えている
*民族性の表出は、家族のもつ社会関係資本(ネットワーク)が土台になる
*在日集住地域は、民族性表出の二次的要因である

 かつて仕事の延長で、在日コリアンのオモニの皆さんとよく飲みに行った。そこで愚痴として出てきたのは、チェサをはじめ、行事などことあるごとに女性だけがたいへんな労力を強いられる話であった。
 このような男尊女卑の儒教文化は根強いが、安本さんの調査結果からは、在日の若い世代では薄れていることが明確にわかる。

 余談として、大阪で在日の皆さんが通う民族学校が、経営上の都合でインターナショナル・スクール化を図り、次々と伝統ある校名を変えようとしていると知った。民族意識の継承に対する負担感、完全ではないのだが「高校無償化」の流れ、在日外国人の「多様化」といった背景があるとはいえ、もうそこまで来ているのか…、と驚いた。

 ところで、比較対照として、中国朝鮮族のニューカマーについても調査されていたのが興味深かった。
 中国朝鮮族のニューカマーは、日本にプラスイメージをもち、帰化への抵抗も少ないという。中国語や朝鮮語を話せることがビジネスに有利なことから、在日三世・四世が話せないと聞いて驚くらしい。
 中国朝鮮族についての研究はまだ端緒という感じだったので、今後の研究の進展に期待したい。

 また話が脱線するが、ちょうど先日、中国朝鮮族の知人に十三駅前商店街の中国東北料理店へ連れて行ってもらった。日本語が全く聞こえない店内だったが、ここ10年ほどで中国東北料理店はずいぶん増えた。中国朝鮮族の結束の固さも感じる。
 羊肉のクミンの香りにふれながらいろいろ考えた。中国朝鮮族もよく移動しているが、モンゴル~ウズベキスタンといったユーラシア大陸の内陸部の人たちは、盛んな移動や交易という特徴があるとともに、相撲や柔道の選手も多くて、なぜか日本に近いものも感じる。

参考文献:安本博司『コリア系移住者の民族継承をめぐってー教育戦略と文化伝達』ひつじ書房、2019年