(小説)ごめんなさい 12
最初から
まえのやつ
12
ドアノブが壊れて扉から外れた。しかも結び目が甘かったのか、ドアノブが壊れた拍子に紐も解けたらしい。
やはり私は、頭が悪い。
ドアノブに紐をかけ、扉の反対側で中腰あたりの高さになるようにして首を吊ろうとしたのだが、見事に失敗した。尻もちをついたあと、床に倒れた勢いで頭をぶつけた。
そんなに強く打った感じはしないが、あまり体を動かせなかった。
悔しさと自己嫌悪で目をつぶっていたら、いつの間にか眠っていたらしい。そしてそれを帰宅した夫が発見した。
状況が状況なので、それはまぁ動揺したことだろう。実際は頭をぶつけた程度なのだが。
数時間後病院で目が覚めた時、しばらくぶりに見る顔が視界に映った。
「なにやってんのよあんた」
呆れたような口ぶりだが、声には安堵の色が出ていた。母は私に厳しかったし、兄ばかり可愛がっていたが、だからといって私を心から憎みきれる人ではなかった。だからこそ今、彼女は泣いているのだ。
「お母さん........」
「剛典さんから電話が来てぶっ飛んだわよ。なんて馬鹿なことをしてんだか」
「ごめんなさい........」
頭を持ち上げると、少し痛かった。それでも無理やり起き上がったら、ベッドの周りに色々な人が居るのが分かった。母や兄はもちろん、夫や夫の両親も居た。そして........成瀬さんが病室の出入口の所に立っている。
「なんで」と私が言いかけたのを、夫が「皆さん本当にご迷惑お掛けしてすいません」と遮った。
「こいつは許されないことをしましたが、僕は彼女を許したいと思っています」
成瀬さんは壁にもたれて、今にも泣き出しそうな顔をして俯いていた。その唇が震えながらも、声にならない言葉を呟くのが分かった。私以外誰も、その事には気付いてない。
「成美、今この場でこの人に別れを告げてくれ。そして僕と夫婦としてやり直そう」
夫は夫で、私の想像以上に卑怯なことをしているらしかった。そんなことはないと思っていたが、彼は私が不貞を働いていて、それがバレたから自殺しようとしたのだと話したみたいだ。そうじゃないとしても、少なくとも夫の両親が私を憎らしそうに見詰めてくるような内容の話はしたのだろう。
母は私の手を握り、何も言わずに見つめてくるだけだった。兄も母の横で、じっと無表情でこちらを見ている。私が何かをするのを待つように。
「剛典は君を幸せにするために働いて、不自由がないように色んなものを買ってあげた。君に色んなことを教えたし、色んな所に連れていった。君は剛典がそうやって自分を犠牲にして君を助けてきたのに、恩を仇で返したんだよ」
ベッドの足元に立っている義父が拳を握りしめながら、震える声でそう言った。義母はその横で涙を流しながら私を睨みつけている。
「これからは償ってくれるよね。ちゃんとケジメをつけなさい」
ベッドを挟んで母の反対に立つ夫の手が、私の肩を優しく抱き締めようとする。気持ち悪くて、思わずその手を振り払ってしまった。それを見て義母が口を開いた。今からお前を怒鳴ってやるとばかりに。
「嫌です!」
そうなる前に、私が怒鳴った。全員が黙る。病室内で義母の荒い息づかいだけが静寂を破っていた。
「確かに、私は成瀬さんに対して恋愛感情を抱きましたが、行動には移していません。
それどころか不倫してるのは剛典さんの方です」
つづく