クロウリー×アジラフェル二次創作。
「めぐりあい、ヨコハマ」
りんご箱ひとつ分の私物しか残さず、自分と同じ二十八年の生涯を終えた盟友の通夜は、集まった仲間達の心境をそのまま反映させたような、雨模様だった。
日本の若きアニメーターの過労死は、深刻な社会問題の一つとして話題にのぼりがちだが、国や政府はその活動を上部だけで称賛し、最低賃金に喘ぐ彼ら彼女らの生活や健康を絶対に保障しようとはしない。
アンソニー・J・クロウリー・デイモンは、イギリスのスコットランド地方にて、
貧しい労働者階級の三人兄弟の末っ子として生まれ育った。
家は貧しく、父はロンドンで出稼ぎをしてボロボロの借家に仕送りを続けていたものだ。母は介護士として朝から晩までシフト勤務を入れ、クロウリーは一回り年上の長兄に育てられた。
幼い頃から絵画に秀で、シックスフォームから数々の受賞と賞金を得ていた
クロウリーは理数系をも得意科目とし、知能指数250の天才児として街では評判の少年。
やがて奨学金を得て、アメリカのマサチューセッツ工科大へ留学した彼は、スキップを重ねて19歳にて修士学を取り、卒業。
この日本でも一年半程、アニメーターとして修行の日々を重ねたが、余りの
安い給料に根をあげて、早々にイギリスへ帰国。幼馴染みやアニメ好きの仲間と製作した短編アニメ作品が英国アカデミー賞特殊効果部門を受賞し、エリザベス2世から「ナイト」位を受勲されて、一躍「時の人」となった。
だがその後は泣かず飛ばずの苦しい暗黒時代が続き、3CGを多用したモーションキャプチャーアニメ技法にフルチェンジ。三年前にようやく、ハリウッドにて有名なデジタルエフェクト賞を手にして、今や世界的に有名な若きセレブの一人だ。
今回の訪日は、かつて東京で机を並べ清貧生活の苦楽を共に同じ釜の飯を食った
友人が、闘病生活の末に亡くなったとの訃報を聞いて、オフィス運営を腹心の部下に任せての詰め込んだスケジュールであった。
東京で雇ってくれたアニメ会社の社長や、憧れだったチーフアニメーター、
そして同世代の戦友達と慌ただしく別れを告げ、常宿の一流ホテルにて一泊。
成田空港から英国へとんぼ帰りをしようとタクシーに乗ったものの、死んでしまった友人からの最期のメールが忘れられず、「横浜へ」と運転手に日本語で告げてしまった。
『元気なうちに、横浜のガンダムを見ておきたかったな』
ベイブリッジを眺められる横浜エリアに立つ、等身大ガンダム。
クロウリーも起動式の日に一度、招待客としてセレモニーに参加したきりだ。
タクシンの車窓を叩く雨粒は、少しだけ勢いを失ってはいたが、残念ながら灰色に曇った港からその姿は確認できない。
「せめて、ガンプラの一つでも供養に組み立ててやるか……」
セビロウ・ストリートで仕立てた漆黒のスーツを濡らしながら、長身のシルエットがタクシーから降りて、ちょうど起動し始めていたRX-78の勇姿を下から見上げる。
平日の昼とあって観光客もまばらで、寂しげに佇む18メートルの機体に「おい、アイツが死んじまったよ。お前さんに心底惚れて惚れて惚れ抜いて、絵描きの仕事に就いて、働き過ぎでポックリ逝っちまったぜ」と、口の中だけで呟く。
横浜のガンダムショップはカフェと同じ室内にあり、素晴らしい神像を
一望できるロケーションを誇っている。だが、今日は入り口付近に長蛇の列が整形されていて、クロウリーはすぐにSNSをチェックした。
「マジかよ……、カトキのナイチンゲール限定版HGの発売日じゃねえか!」
この頃のガンダムプラモデルは、製作元の公式通販サイトから予約購入するのは、至難の業だ。開始数分で予約分は完売し、転売屋が数倍の値段をつけて横流ししてしまう。国内でもこの悪循環に、ファンの多くが批判をネットで繰り返しているが、一向に改善される様子はない。
「……これ、買えんのかぁ? 帰国したら手に入れるのは絶望的だぜ」
他にも別のプラモデルが再販されたらしく、大勢の男性客がカウンターに押し寄せていた。様子を冷静に眺めていたクロウリーのその視界に、一人だけ猛烈な違和感を発している人影が映り込む。
我先にと興奮し汗を流している大勢の客とは対照的に、および腰で売り場の隅にポツンと立ち尽くす、真っ白なシルエット。
日本だけでなく、欧米のオタク文化に多く触れて成長し、今ではその市場を
自分の稼ぎ場にしているクロウリーは一目で理解した。
……こいつ、慣れてねぇんだな。
強烈な違和感は、その服装にもあった。まるで中世の貴族が着用するような
上等なカシミアのマントスーツは、まるで聖職者を彷彿とさせる純白で、しかも深くフードを被り大きなサングラスにマスクを着用という不審者そのもの。
だがファッションの高級感からだろう、スタッフの誰も声をかけない。
「つーか、クワトロ・バジーナかっつーの」
自分でも理解不能だが、舌打ちしつつクロウリーは純白の人物に近づく。
足音を激しく接近してくる長身に驚いたのか、ビクッと肩が大きく震えたのが
痛ましい。
「おいアンタ、何が欲しくてここまで来たんだよ」
「…………あの、ネットで予約できなくて……」
「そんなこたわかってるよ。ここにいる全員がそうだ。何か買いたいモンがあったから、この冷たい雨の中を横浜の海まで来たんだろ?」
「…………」
マスク越しなので声がよく聞き取れないのだが、声音からして少年ではないだろうか。未成年が小遣いを持って、何も知らずに猛者の戦場へ迷い込んだ可能性が高い。
「いいから、目当てのブツは?」
「えっと、あの……。今日再販された『ナイチンゲールHG1/144を……」
「カトキハジメ版だな?」
「そ、そう」
「よし、ここで待ってな。他にオーダーは?」
「な、ない。それだけ」
「わかった。どこにも行くなよ、ここにいろ」
背中越しに「あっ、」という戸惑いが聞こえたが、クロウリーは慣れた動きで人混みをスルスルと掻き分けて185cmのスタイルを最大に活かし、棚の上に残り三個のみになっていたそれを、スッと上腕のリーチを利用して無難に胸の前に収める。
『悪ぃがこちとら、こういう修羅場にはガキの頃から慣れてるんでね』
既に大半の客が買い物を終えたようで、カウンターには数人の男性客が立っているのみ。カードで支払って、厳重に二枚重ねのビニール袋に梱包してもらう。
漆黒のオーダースーツを纏った、赤毛の美丈夫はとにかく目立っている。
「ありがとう、ございました」と目を合わせた女性スタッフは頬を染めてクロウリーを凝視しているし、周囲の男性客も「モデルがガンプラ買ってるぜ」と顔を見合わせていた。おそらくこの数分後に、謎の外国客が横浜ガンダムショップにて買い物をしたとの報告が更新されるだろう。
「おい、お目当てのモンだ。落とさないようにしっかり捕まえとけよ」
「えっ! あの、待って。お金を……」
「初めてここで手にしたのが、ナイチンゲールなんてな。
アンタとは不思議な縁があったってわけだ。プレゼントするよ」
さて、もうここには用がない。雨が止んでいたならガンダム本体に接近できる展望台に乗るはずだったが、海風を含んだ霧雨は風に煽られて上等なスーツに潮をたっぷり吸わせてしまっている。
タクシーを降りた時に、うっかりホテルで傘を買い忘れたことに気がついたが、
友人の失ったショックのせいなのか、いつものように聡明な頭脳はほとんど動いてくれなかった。
さて、仕方ない。アプリでタクシーを呼んで成田へ直行だ。
「スーツの人、待って!」
ナイチンゲール、「告死天使」の鳴き声を聞いた者は戦場の露と消える。
誰だったか、そんな文章を綴っていたのは。映画の台詞には無かったはすだ。
「貴方も、展望台に乗るはずだったんでしょう? チケットは?」
「持ってる。無駄になりそうだけどな」
「一緒に行こう!」
「はぁ?」
「だって! 君だってわざわざ……、こっ、国外から来たんだろう?
ここで登らないなんて、せっかく夢を目の前にしたのに、一生後悔するかもしれないんだよ? この瞬間は今しかないんだもの!」
想像していたよりもずっとハイトーンボイスが澄み切っていて驚いたし、その
内容にも心を疲れる衝撃があった。
そうだ、さっき見た友の顔。どれだけ思い残すことがあっただろう。今は、この瞬間しかないのだ。
「そうだよな、サンキュー。……まだちょっと降ってんなあ……」
「ちょっとだけ屈んで」
「え」
「傘は余ってた。それとこれ、服の水を拭いて」
真っ白な人物が、手にしているショップショッパーの中からビームサーベルを模したビニル傘と大判のタオルを取り出して、その場でビニール袋の口を開く。
真っ赤な紋章が印刷されているそれは。
「アンタ、赤い彗星のファン?」
「ガンダムのファンで、彼のこと嫌いな人なんてそんなにいる?」
「そらそうか。いやでも、アンタは?」
「私も家からタオルを持ってきたし、大丈夫」
霧雨が顔を濡らすが、クロウリーは不思議とその冷たさを忘れた。何故か身体中にエネルギーが溢れて、この時間を目一杯楽しもうと喜びが目根の奥を暖めてくる。
「展望台にお越しの方、エレベーターが参ります!」
透明な雨ガッパを着用したスタッフの声に、「行こう」と傘の中に誘導される。黒クリーの方が頭ひとつ分大きいので、背中を丸めてお邪魔させてもらった。
小さなエレベーターには二人のみ。この悪天候で平日、プラモデルを購入した客達もおそらくここの常連なのだろう。展望チケットは、入場券と別途に買うことになるのだ。両方の値段を合わせると、そこそこの額に達する。
「今まで何回乗った?」
「私、本当は初日に来たかったんだ。でも凄い混雑みたいだし、身体があんまり丈夫じゃないから、友達に止められて。コロナ禍もあったしね、やっと二年前の秋に」
「俺は初日のセレモニーを見たぜ。監督もヒロユキ・サワノもいた」
「ああ! 生演奏したんだよね! 私も聞きたかった……」
最上階でストップしたエレベーターの扉の前に、スタッフが一人常駐している。
「15分後に、また参りますので。お足元にご注意しつつ、お楽しみください」
「ありがとう」
「thank you」
忠告を受けて、クロウリー達はゆっくりとガンダムの頭部スペースへ進む。
背にしていたリュックの中から、白い人物が赤いのコンパクトカメラを出す。
「NikonのCOOLPIX B600か。へぇ、やっぱり赤いのが好きなんだ?」
「うん、綺麗なルビーレッドでしょう? Amazonのセールで買えた」
「ああ、撮ってやるよ。荷物を俺によこしてそこに立て」
「ありがとう、ごめん」
感謝の言葉を告げた相手がマスクを外したので、ついクロウリーは長く愛用してきたサングラス越しに凝視してしまう。どんな素顔なのか非常に興味を惹かれたからだ。
「顔の下まで濡れちゃってる」と言い、次は大きな黒いサングラスが外され、頭を包み込んでいたフードがばさりと滑り落ちた。
「…………、アンタ、日本人じゃなかったのか」
梅雨に濡れているが限りなく白に近い、ショートカットのフワフワのプラチナブロンド。雪花石膏を思わせる透き通った瑞々しい肌に淡く染まる頬。そして薄紅を刺したかのような唇。
クロウリーは、何人もの男女を無意識に誘惑し続けてきた自分の美しい顔やスタイルに、人生において全く見向きもしなかったが、多分……、「女の子」であろう、目の前の中性的な存在をじっくりと観察した。一見すると少年のようにも思えるが、クロウリーは12歳から女性の相手に全く苦労をしたことがない。アニメの仕事で食べられなかった時期は、水商売仕事も地元で長期間勤務していた。
こいつ、スッピンだ。
まさに「宗教画の天使」と呼称しても違えないその、美しくそれでいて無垢な優しい顔立ち。
何よりも印象深いのは、くっきりと掘り込まれた二重瞼に覆われる、大きな蒼い瞳だった。プラチナのまつ毛がカールしていて、更にペールブルーともアクアマリンとも見える宝石を飾り立てている。
ファッションはどことなく保守的で野暮ったいが、イノセントな風貌にはよく似合っていた。優雅な物腰といい話し方といい、もしかしたらとんでもない箱入りなのかもしれない。
「君こそ、イギリス人でしょう?イントネーションでわかるよ。
スコティッシュ?」
高過ぎず低過ぎず、ストラディバリの職人が掘り上げた、木製の
笛のような音質の声は、どんな渓谷の風よりも奥深く澄んでいる。
「やっぱバレるか。エディンバラの生まれでね。俺の英語はそんなにナマってるか?」
「ごめん、結構わかりやすい」
「さいですか、お恥ずかしい」
「そんなことない、日本語もスムーズだし。留学とかしていた?」
「ああ、一年半だけ東京で働いてた。それにガキの頃から筋金入りのメカアニメオタクだ。
ユニコーンガンダムなら、全部台詞を暗記してる」
「ふふふ、私も」
ガラスの鈴が張る風に揺られるような笑声に、クロウリーは年甲斐もなく
首から上を熱くする。
おいおい、冗談じゃねぇよ。こんなシロート小娘相手に俺は何を……。
この心臓の高鳴りは、一週間ほど納期が立て込んで睡眠不足だったせいなのだろうか。
惚けてしまいそうになる自分を叱咤しつつ「じゃ、ポーズでも取れよ」と、カメラを構えた。
「天使」は楚々とした微笑で「な、なんだか恥ずかしい。私、変な顔だから」と
驚くべき発言をして、クロウリーを再び絶句させる。
「それって謙遜か? 嫌味なのか?」
「えっ、なに? どういう意味?」
「いや、なんつうか……、アンタは天使様みたいに綺麗で可愛いのに」
うっわ、俺マジか。
こんなアイスクリームも溶ける言葉で、誰かを口説いた経験などない。
年上年下問わず、多くの女性がクロウリーに常に色欲の眼差しを向けてきたし、
男に言い寄られることも珍しくはない。
28歳の青年としては肉体的にも極めて健康なので、そこそこの有名人であるし事情も踏まえ、
そういう夜には仕方なくプロの世話になる。
彼女らは高額なギャラを手にする為に、けして秘密を口外しない、おそらく
クロウリーにとっては世界一信頼厚い女達だった。
そんな自分が、誰かの心を振り向かせたいなどと願ったことは、
今まで一度として無かったのに。
「天使って、あはははははっ! 嫌だなあ冗談ばかり」
「冗談って……、俺は、」
俺は? 何を言うつもりなのだ、アンソニー・J・クロウリー・デイモン!
「ありがとう、じゃあ君もそこに立って」
「いや、俺は……いいよ」
「えっ、どうして?」
「お手伝い、致しましょうか?」
二人が会話をしている間に、15分が経過したのだろう。
エレベータースタッフが笑顔で近寄ってくる。
「すみません、シャッターをお願いできますか?」
「お、おい、俺は良いって」
「そんなこと言わないで。ここで会えたのは、ナイチンゲールのお告げだよ」
可愛らしい顔が少し歪んだので、仕方なく二人で肩を並べる。
不自然でなく、それぞれがお互いを気遣って遠慮をする10センチメートルの空間。
「はい、チーズ!」
雨はすっかり止んで、夜のグラデーションが海と空を覆う。
ガンダムの立像は神々しくライトアップされ、天候が回復したからか、
客足も増えてきた。
会社帰りのサラリーマンが多い。
「あの、私……、無礼かもしれないけれど。もし大丈夫なら
写真のデータを送っても構わないかな?」
「あ〜、メッセージアプリで良いか?」
「うん、ありがとう」
コードをスマホにかざしてアドレスを交換する。「友達設定」に
浮かんだ名前は。
「アジ、アジラ……フェル?」
「凄い! 一回で読めた人は初めてだよ!」
「やっぱ、天使みたいな名前じゃねえか……」
相手に聞こえないようにボヤくと、『アジラフェル』は、淡い蒼の瞳を
瞬かせて「クロウリー……、でいいのかな?」と確認する。
「セカンドネームなんだが、普段は使わない。それで呼ぶのは本当のダチ
だけだ」
「えっ、良いの?」
「俺とマブダチじゃ嫌か?」
わざとシニカルに笑って見せると、白い天使は途端に頬を林檎色に染めた。
「あの、私……。きちんと学校に行ってたことが無くて。友達とか
いないから、嬉しい」
「学校に行っていない? まさか金が無かったとか言わねえよなあ?」
チラチラと大きな瞳を上滑りさせて、「家に、家庭教師がいたから……」と、
まさにクロウリーの予想通りな答えが引き出された。
「お前、家はどこだ? 途中までタクシーに乗って行けよ」
「えっ、大丈夫だよ! クロウリーはお仕事とかあるんでしょう?」
「いや、もう全部終わった。明日も特に急ぐ用事はない」
子供の頃から嘘は得意だ。スラスラと架空の設定が口から滑り落ちる。
帰国後、メイフェアにある自分でデザイン建築したオフィス兼自宅へ戻れば
再び明日から過酷なスケジュールの再開だ。
「下目黒ってわかる? 結婚式場で有名な建物があるんだけど」
「ああ、川べりの高級住宅街だろう? 桜の名所だよな」
「そう! もし機会があれば春に案内するよ! ピンク色の花びらに
染まった川下りをしようよ」
「サンキュー、考えておく」
「うん」
それだけは嘘ではない。もし出来るならば、アジラフェルともう一度、次は
ゆっくりと語り合いたい。
アプリで呼び出したタクシーは、黒いボックスタイプだった。
「東京五輪から、この車って増えたよね。ロンドンを思い出すよ」
シートベルトを着用し後部座席で肩を並べたアジラフェルからは、
スッキリとしつつ淡やかなオスマンサスの香りが流れてくる。
おそらく、ロクシタンの秋限定トワレだ。オフィスの部下も好んでいた。
だが、この匂いはアジラフェルの体臭と混ざり合った独特のものだろう。
「あ〜、クソ。参った」
「どうかした?」
「いや、雨でヘアスタイルがぐちゃぐちゃになっちまった。
いつもは、こんなルーズな男じゃないんだぜ」
高まる鼓動を隠し、「下目黒の雅叙園方向へやってくれ」と運転手に指示をする。
車窓に流れ出す、横浜港のライトアップが美しい。若い同世代と、体温も感じあえるような空間にいる。
しかも、初めて心を乱される相手と。
クロウリーは一度深く腹式呼吸をして、サングラスを外した。
「……君の目、金色なんだね……」
案の定、驚きの視線が瞬きを繰り返す。大体、ここまでの反応はいつも同じだ。
「なんだかクロウリーって……、悪魔の貴公子みたいだ」
「悪魔の、貴公子……。そりゃ初めての評価だな」
新鮮だ、何もかも。アジラフェルには媚びるという言動も行動も無かった。
真っ直ぐに嫌味なく、エレガントかつイノセンスにクロウリーの中へ浸透してくる。
「最初に会った時に、この人は真っ黒で悪魔みたいに綺麗だなって思った。
でも、嫌な感じが全然無くて。悪魔は誘惑とか上手でしょう?
私を可愛いなんて言うし。悪魔的だなあって」
その時、クロウリーの喉から耐えられずに大きな笑い声が爆発した。
「えっ、笑うところ?」
「ヤバい……、ったくよぉ、クックックッ……。お前は本当に
楽しくて可愛い、天使のエンターテイナーだな!
アジラフェル、なあ。イギリスに着いたら連絡しても構わないか?」
丸々と、優しい蒼を見開いた天使から拒絶の台詞が登場しないように、
クロウリーは一瞬だけ気を引き締め、何かに祈った。
「うん、私も。クロウリーと話したい。その、と、友達になれて、
とても嬉しい」
ヤバい……、なんだこの可愛い天使は。チクショウ、キスしたい……!
生涯で初めて、クロウリーは心底欲しいと思える存在に、またまた初めて
自分から手を伸ばしそうになった衝動を必死で抑えた。
少なくとも言葉遣いや視線、物腰からアジラフェルが今まで身体の関係だけを持ってきた他人とは、まるで違う人種だと聡明なクロウリーにはとっくに理解できている。
「レディ」と称されるに、相応しい相手だ。軽々しく下賎の自分が触れてはいけない。
タクシーが目黒雅叙園の前で停車すると、「私のマンション、この近くなんだ」とアジラフェルが川向こうを指差す。
その無邪気な表情に、なんだかとてつもなく不安にさせられてしまう。
「ああ、本当に感謝するぜ、アジラフェル。今日は最高に楽しかった」
「私も! こんなに男の人と話したのは初めてだ。私ね、その、あんまり
男の人がダメなんだ。父が厳しかったから、その、ちょっと怖くて」
「……俺は、お前に無礼なことは絶対にしない。約束する」
「うん、ありがとう」
クロウリーが右手を差し出すと、「あっ、」と躊躇はあつたものの、
そろそろと細い右手が差し出される。
「気をつけて帰って。連絡を待ってるから」
「ああ、お前も元気でいろよ。なあ、次はお台場のユニコーンで待ち合わせしようぜ」
「うん! いいね!」
アジラフェルから受け取った傘とタオルは、記念に貰っておいた。自室のベッドルームに大切に保管するつもりだ。
「じゃあまたね、クロウリー」
「すぐ、すぐに連絡するからな。アジラフェル」
「待っているよ」
オートドアが閉まって、ゆっくりとアジラフェルが、天使が小さくなっていく。
手を振り続けてくれているそのシルエットを目に焼き付けながら、
この近くにある物件を探し出すべく、クロウリーはタブレットを起動させた。
「プロローグ、めぐりあいヨコハマ」
いつも「スキ」して下さる方々、ありがとうございます! そしてご新規さんや偶然立ち寄られたそちらのあなたも、是非にコメントやフォローよろしくお願い致します!