星占いは嘘をつく
少女は朝から極めて上機嫌だった。気が付けば鼻歌交じりで制服のブレザーに袖を通している。
毎朝目覚め一番の日課になっている星占いアプリによると、今日のいて座の運勢はどのステータスも最高で、こんなこと今日まで見たこともない。おまけに、総評として「今日こそ願いの叶う日!」と書かれている。
願い。願い。そうだ。彼女の脳裏に浮かんだのは彼の顔だった。
彼とは、同じ部活に所属する同級生で、何かと一緒にいることが多かった。最初は他愛もなく会話する程度であったが、彼のちょっとした仕草や言葉遣いが心に残るようになり。いつの間にか、気づかれないように彼を目で追うようになっていた。
他の女の子と楽しげに会話している彼を見かけることもあるのだが、彼女は少なからず胸が苦しくなることを自覚するまでに至っていた。
———ひょっとしたら今日なんじゃないか、私。
もう一度、アプリを開いて今日の運勢を確認する。間違いない。
彼女は、今日、彼に告白することを決意した。
固い決意を胸に、いつもの通学路を歩いていく。彼にはどう伝えよう。彼はどう答えてくれるだろう。そもそも告白ならふたりきりの時間を作らないといけないし。放課後、何と言って彼を呼び出そう。
もやもやと頭の中でシミュレーションを繰り返すうち、学校に着いてしまった。下駄箱の前まで来ると若干怖気づいてしまう。そうだ、占い。占いを見て背中を押してもらおう。
胸のポケットにしまったスマートフォンを手に取った瞬間、手の中で震えた。
———メッセージ、彼からだ!
見透かされているようで胸がドキッとした。すっとあたりを見回したが、登校時間で賑わうこのあたりに彼の姿はない。たまたま、偶然?だろうか。彼女は逸る気持ちを抑えてメッセージを開いた。
『今日の放課後、二人で逢えないか』
失神しそうになった。やばい。こんなことってあるのか。
普段から他愛もないメッセージを送りあう仲だったが、ふたりで逢うような誘いを受けたことはない。ひょっとして彼のほうからの告白を!?
自分の勘違いだったら甚だ恥ずかしいと精一杯ブレーキを握るものの、今日の星占いが目前にリフレインする。勢いのついた彼女の妄想は加速を続けるのだった。
もはや授業など全く頭に入らないまま妄想を続けていると、あっという間に放課後を迎える。
逸る気持ちを抑えながら待ち合わせ場所に到着すると、彼が笑顔で出迎えてくれた。彼女はできる限り普段通りを装いながら会話を始めたが、恥ずかしくて。自分でも何を言っているのかよくわからないくらい緊張していた。彼はそれに気づいているのだろうか。彼女はそんなことを考えているうちに彼の顔を見上げた。
すると、彼は私の目を真っ直ぐ見て、突然告白した。
「僕、君のこと好きです。」
彼女は、心臓が止まるかと思った。止まっていいとさえ思った。
そして、返事をする前に彼の顔を見つめ、自分の気持ちを素直に、伝えた。
「私も、貴方が好き。」
その瞬間。
彼は笑いながら「冗談だよ」と言い放った。
———えっ?
彼女は、初め彼が何を言っているのかよく分からなかった。彼の言葉を反芻すると、自然と目には大粒の涙が溜まってく。
震える声で、彼女は彼に問い詰めた。
「どうしてこんなことするの?私は本気だったよ。」
ぐしゃぐしゃの顔で泣き出した彼女に、彼は慌てて謝罪した。
「ごめん、ごめん。本当に冗談だったんだ。でも、君のことは本当に好きだよ。」と言う。
彼女はそれこそ彼が何を言っているのかわからない。
「じゃあ、なんで冗談にしたの?」
彼は苦笑する。
「実はね、かに座の僕は、今日自分から告白すると絶対に失敗するそうなんだ。」
「それって———」
彼の手の中に握られたスマートフォンには、彼女と同じ星占いアプリが表示されていた。
「だから僕は君に告白して、それを冗談にした。でも、いて座の君が僕に本気で告白してくれたから。」
そう言って、彼はにっこりと笑った。彼女はあっけにとられていたが、その顔は次第にはにかんだ笑顔に変わっていく。
「これからも、よろしく。」
そう言って彼が少し恥ずかしそうに手を差し出す。彼女は顔を真っ赤にして、ゆっくりとその手を取った。
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