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2020/12/18の星の声
白ひげ一族のものがたり (前編)
暁の訪れには、空っぽの光を渡せ
フォッフォッフォッフォッフォッフォ
今年もこの時期がやってきました。そう、クリスマスです。
北極圏で生活を営むサンタクロースにとって、12月は大忙し。
この世界にはサンタクロースが暮らす村があります。その村は、毎年クリスマス後のくじ引き大会で当たりくじを引いたサンタクロースが、人間の近くに住むことができる特別な場所です。
くじに当選した3万4567人だけが、人間と関わるためにサンタクロースと名乗ることができて、残念ながらハズレくじを引いてしまったサンタクロースたちは、サンタクロースとは名乗らずに、白ひげ一族として、人間の世界とはまた別の世界に暮らしています。表立って人間と接するサンタクロースはごく一部なのです。
ハズレくじとはいえ、白ひげ一族は一年中、自由気ままに暮らしています。田畑仕事に精を出す人、山登りを楽しむ人、シュノーケリングに興じる人、スカイダイビングを繰り返している人、大工仕事が好きな人、ネットゲームに没頭する人、ほんとうに様々です。
ぶおーーーん ぶおーーーーん ぶおーーーーーーん!
オフシーズンの彼らは毎日のようにあちこちで集会をしています。同じような格好をした人々がわいわい集まるその様子は、さながら日本の暴走族のようなイメージです。とはいえ、決して乱暴なものではありません。ちなみに先程の音は、改造バイクではなく、トナカイの鳴き声です。
白ひげたちはトナカイでロデオをしたり、年末年始は何人もの白ひげがソリに乗り合ってあちこちを蛇行運転したり、プレゼントを入れるために作ったからっぽの袋を両手に持ってぶんぶん振り回したり、それこそ暴走族のような素行に思えるかもしれませんが、まるでスロー再生のようにスピード感のない彼らの行為からは、まったく危険は感じられません。
とにかく白ひげたちは日々好き放題しながら過ごしているのですが、毎年12月の集会だけは、普段とはまったく別の光景が見られます。
所狭しと群がる白ひげ一族が一堂に会するその数は、なんと120万人。衣服は赤に限らず、緑や青、黄色、人によってはモノトーンでばしっと決めている白ひげもいます。
12月の大規模集会はすべて、降り積もった厚い雪の中でこっそりと行われます。12月1週目の集会では、10億人以上いる世界中の子どもたちそれぞれが、どんなプレゼントを望んでいるのかを毎日報告し合うのですが、この2020年は大きな異変が起きたようです。さっそく、白ひげたちの様子を覗いてみましょう。
「こーりゃあ大変さっ!!!」
髪の毛よりもたくわえた髭の方が長い白ひげの一人が叫びました。彼は北米エリアを担当している長老のひとりです。彼の大声に、周りの白ひげたちがざわつきました。
「北米の子どもたちの多くが、物を欲しがっていないんさ!」
その言葉に反応したのは、サーファーサンタとして名を馳せるオセアニアエリア担当の長老でした。
「ああ、こっちもだ。エルフに頼んで夢の中のすみずみまで探してみたが、ほとんど見当たらん」
どうやら他のエリアも同じようでした。やたらと早口でしゃべる南米エリアの長老がまくし立てるように続きました。
「なんだそっちもか! これじゃあプレゼントなんて用意できないじゃないか! いったい子どもたちは何を望んでるんだ? クリスマスまでもう3週間もないってのに!!!」
雪中から響く、白ひげ一族120万人のざわめきは、冬眠を始めたクマが飛び起きるほどの大きさでした。ある地域では地鳴りが起きたとみなされて、その日の夜のニュースになったそうです。
白ひげ一族の最長老ニコラは、白ひげたちの中でも遥かに長生きで、その年齢を知るものは一族の中にはひとりもいません。そもそも、白ひげ一族はみな不老不死の存在なのですが、ニコラはもともと人間だったため、白ひげ族の誰もが彼を尊敬しているのです。
ニコラは言いました。
「ついにこの時が来たのか」
ニコラの言葉に、120万もの白ひげ一族は静まりかえりました。中には目に涙を浮かべる白ひげもいました。すると、白ひげの中で一番声が低いことで知られているヨーロッパエリア担当の長老が沈黙を破りました。
「なるほどな。夢の中を探したって見つからないはずだ」
それを聞いて、最長老ニコラはうなずきました。ほとんどの白ひげは、なんのことだかさっぱりわからないといった表情で黙り込んでいましたが、そのうちにおしゃべりなアジアエリア担当の長老が口を開きました。
「そうかそうか。子どもたちについて回っても、夢の中を探しても、物を欲しがっていない、ということはだな、ほら諸君、我々一族の古い言い伝えを思い出したまえ。"暁の訪れには、空っぽの光を渡せ"って。ニコラが言いたいのは、そういうことだろう?」
ニコラは目をつむったまま、もう一度うなずきました。そうとなれば、話は早いようです。集会の進行役を務めるアフリカエリア担当の長老が、のんびりと閉会の言葉を話している間に、白ひげの多くはトナカイにまたがったり、ソリに乗り込んだりして、あっという間に解散してしまいました。
白ひげ一族の動きを眺めると、2020年12月の第2週は世界中の子どもたちだけではなく、大人や老人までを含めた地球上のすべての人間の魂を再調査することが決まったようです。
本来であれば、子どもたちの願い事を聞いて、その願い事をそのまま叶えるにふさわしい人間かを見定める時期なのですが、当たりくじを引いた白ひげたちがサンタクロース村の家家にある暖炉の前で眠気におそわれている間に、120万もの白ひげたちは世界中を練り歩くことになりました。
白ひげひとりひとりには、ニッセ、トムテ、トントゥ、パッカネンと呼ばれる4体の妖精がお手伝いについています。ニッセは細かい仕事には向いていませんが、この世界に存在するどんな色をも正確に見極めることができます。また夢の中に入り込むのも基本的にニッセの役目です。すべての色は夢の世界に存在しているからです。
逆にトムテは細かい仕事が大の得意で、ニッセが伝える微妙なニュアンスの色を正確に鉛筆やペンなどで表現することができます。トントゥは何でもそつなくこなせる妖精で、ニッセやトムテのあらゆる要求に応えられるだけでなく、世界中の地理に強いのが特徴です。
パッカネンはアイスクリームを食べながら、ニッセやトムテ、トントゥのあとをついて回るだけで特に何もしませんが、どんな水分もすぐさまアイスクリームに変えることができるので、みんなが休憩する時のおやつを用意する役割に落ち着いています。
白ひげはまず、子どもたちの魂の色の識別をニッセに任せました。時には夢の中に向かわせることもしました。そうやって、ニッセが口にした内容を絵や文字などで紙に書き落とすのがトムテの役割です。例年なら、そのメモを元にトントゥが工作をして、華やかな紙でていねいにラッピングをほどこしてプレゼントを作り、送り先の地図をくっつけて白ひげに渡すのですが、今年はどうも勝手が違うようです。
それぞれの魂の色に応じた"空っぽの光"を用意するには、トントゥの一族が大昔から語り継いできた秘密のわざを使わなければならず、どの白ひげを手伝うトントゥたちも一苦労でした。
汗水垂らすトントゥのそばには、アイスクリームを口の周りにつけたパッカネンがぴったりとくっついて、その様子を見守っています。でも、トントゥのジャマをしているわけではありません。パッカネンはトントゥの集中が切れかかる時にアイスクリームを差し出すクセがあります。そのおかげで、トントゥは抜群のタイミングで休憩をしながら、気持ちよく仕事を続けることができるのです。
12月の第3週は、トントゥの仕事が他の妖精たちの協力を得て、クライマックスを迎えます。その間に、多くの白ひげは、雪雲を超高速で滑走するソリのメンテナンスや、1年ぶりの仕事のためにトナカイと呼吸を合わせたり、試乗したりして過ごすのですが、そんな中オセアニアエリアを担当する白ひげたちだけは、サーフボードを片手にテレビに映る天気予報をひたすら眺めているではありませんか。一見すると、準備をサボっているように思えるかもしれませんが、そうではありません。
雪雲のないオセアニアエリアを担当する白ひげたちにとって、クリスマスの時期にいい波が来るかどうかは重要な問題なのです。もしいい波が来なければ、心地よくスムーズにプレゼントを配ることができません。彼らはひたすら最高の波を待っているのです。
他にも、アフリカエリアを担当している白ひげたちは、トナカイからラクダやゾウ、間に合わなそうであればチーターに乗り換えるための動物の手配をしたり、南米の一部のエリアではテロリスト扱いされている人々が使う裏道が白ひげたちにとって一番便利なため、麻薬密売人の人々へ贈る白い粉(和三盆の粉糖)を準備したりと、雪雲のないエリアではさまざまな仕事があります。
たった今、心急く白ひげ一族の人々の華やいだ気分は、大きな大きな雪雲になって、世界各地で膨らみ始めています。世界中の子どもたちに届く、"空っぽの光"とはいったいなんなのでしょうか。それはまだ、白ひげ一族の人々もわからないようです。
誰もが胸を膨らませてその時を待つ中で、最長老ニコラすら予期していない緊急事態が起こりました。
白ひげ族の人々のもとに、土星の月のひとつ、エンケラドゥスの人々が現れたのです。
今週は、そんなキンボです。
こじょうゆうや
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