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2021 / 1 / 1 の星の声
光の来迎
私、冬の星空が好き。冬がいちばん透き通って見えるから。
とびきりの冷気が肌を刺すように当たるとね、研ぎ澄まされたような気分になれるのも好き。セーターやダウンを重ねてまんまるになって、大きめのニット帽を耳がすこーし出るくらいに深々とかぶったら、凍てつく夜風も心地よくなるんだよ。
地域のお宮へ初詣に出かける家族連れや老人たちに混ざって、おそらく成人前と思われる年頃の女の子が、その子の母親に向かってそう言ったのです。
役目を終えた二体のだるまは、どんと焼きの日を迎えるまで、道端で居眠りする地蔵の傍らで、集落を行き交う人々の流れを眺めていましたが、その時の光景が脳裏に焼き付いて、しばらくの間、お互いに女の子の言葉を思い浮かべながら時間を過ごしていました。
太陽がにこやかに輝く昼下がり、小雪まじりの風を浴びながら、ひとまわり大きいだるまが言いました。
「おいらたちは、冬の星空しか知らねえな」
もう一体の小柄なだるまはだまって頷きました。彼らは、年の暮れに今いる場所に置かれるまで、公民館に飾られたまま一年を過ごしてきました。ですから、星空を眺めることができたのはつい数日前だったのです。
「セーターやダウン、着てみてえな」
ひとまわり大きいだるまの声に、また小柄なだるまは静かに頷きました。
「ニット帽もかぶってみてえな」
小柄なだるまは軽く一息つくと、ひとまわり大きいだるまの言葉に、もう一度頷きました。すると、珍しく昼寝から目覚めた居眠り地蔵が二体のだるまにこう言いました。
「きみらは、セーターやダウンを着なくても、じゅうぶん丸いよ。それに、きみらの大きな頭に合うニット帽なんてないよ。私は、赤子がかぶるような大きさしかかぶれないが、あんなものはなくたってかまわないさ」
二体のだるまは顔を見合わせました。たしかに、居眠り地蔵と比べたら、自分たちの頭は何倍も大きかったのです。ひとまわり大きいだるまは、目を大きく見開きました。
「ほんとうだ。こんなに大きいとは知らなんだ。でも、やっぱり、ニット帽かぶってみてえな」
その日の夜は、雲ひとつない満天の星空を眺めることができました。夕日が沈んでからすぐに大いびきをかきながら眠ってしまった地蔵の前で、二体のだるまは黒目を真上に寄せて、身じろぎもまばたきもせずに、ただただ大小さまざまな星の光に見入っていました。
遠くに見える山の影はひとつも動きませんが、星々はゆっくりと移動を続けています。二体のだるまは、どうして星たちが足並みを揃えて動いているのかわかりませんでした。
「みんな、どこかへ行こうとしてるんだな。どこだろうな」
ひとまわり大きいだるまは、声をひそめて言いました。自分の声が星たちに聞こえてしまったら、動かなくなってしまうんじゃないかと思ったのです。小柄なだるまもまた、星たちに気づかれないように、わずかに頷きました。
その時です。ひときわ大きな光が、まるで筆を走らせるように、ものすごい速さで動いて、突然消えてしまったのです。ひとまわり大きいだるまは思わず、声を漏らしてしまいました。小柄なだるまは、まんまるな目を大きく見開いて、すぐにひとまわり大きいだるまの方を見ました。
「おい! 今の見たか?」
今まで以上に声を小さくしようとして、ひとまわり大きいだるまは吐息混じりにそう言いました。小柄なだるまは黙ったまま何度も何度も頷きました。
するとまた、先ほどよりも大きな光がパッと現れて、星空から地上に向かって降り始めました。二体のだるまは、同じようにすぐに消えてしまうのかと思って目を凝らしていましたが、いつまで経っても消える様子はありません。そのうちに、夜空に映る山影よりも低い位置まで降りてきて、まばゆい輝きを残したまま、公民館の裏の方にある田んぼに落っこちました。
「おいぃ! 今の見たかっ?」
小柄なだるまには、ひとまわり大きいだるまの声が心なしか弾んでいるように聞こえました。それに、自分の呼吸もまた少し荒くなっていることに気がつきました。あたりは暗いままなのに、公民館の裏の田んぼに落ちた光の輝きはどんどん膨らんで、ついには街灯よりも明るくなったのです。
光は、少しずつ二体のだるまの方へ向かってきました。居眠り地蔵の目がすっかり覚めてしまうほどの明るさでした。光の中には、人間のような形をしたものがいくつかいました。二体のだるまは、ずっと目を見開いたまま、居眠り地蔵は薄目のまま、彼らのことを食い入るように見つめました。
光の中のいくつかの何かは、二体のだるまと居眠り地蔵の近くまで来ると、彼らと目線を合わせるようにしゃがんで低い姿勢をとると、そのうちの誰かがこう言いました。
「お役目、ご苦労様。貴方たちはどんな貢献をしたんだい?」
ひとまわり大きいだるまは全身に力をみなぎらせて答えました。与えられた役目をまっとうした達成感から生まれた、威厳に満ちた声でした。
「商売繁盛! 家内安全!」
つづいて、小柄なだるまが大きく頷くと、居眠り地蔵は穏やかに目をつむって答えました。
「私はこの集落を守り続けるもの。旅立つものも、訪れるものも、等しく守るのが、悠遠の時世にまで及ぶ私の役目です」
光の中のいくつかのうち、また別の何かが彼らの声に答えました。
「ふむ。貴方は今後もここに居続けるのですね。では、その前の小さなお二方に問います」
ひとまわり大きいだるまと小柄なだるまは、かしこまって光と向き合いました。
「無事に役目を終えた貴方たちの願いはなんですか? もしあれば、どんなことでも私たちがおこたえします」
二体のだるまは黒目を互いに寄せ合うと、言葉を交わすことなく、小柄なだるまが頷くのをたしかめると、ひとまわり大きいだるまが口を開きました。
「セーターとダウン、ニット帽が欲しい!」
その途端に、光の中が少し騒がしくなりました。よく見ると、膨張した光が炎のように揺らめいています。二体のだるまはもう一度黒目を寄せ合いました。
「大きなニット帽はむずかしいのかもしれねえな」
ひとまわり大きいだるまの声に、光の中からさんさんと笑い合う声が聞こえました。色とりどりの細かな火が、光の中から弾けるように出ていくのを見た二体のだるまは、時を同じくしてあることを思い出しました。
夏の夜に、公民館の前の広場でたくさんの子どもたちが振り回していた花火のことです。二体のだるまが置かれていた場所から、ちょうどその様子が見えて、ひとまわり大きいだるまが大慌てしたのでした。
「役目が終わってねえのに、もうどんと焼きになっちまった!」
小柄なだるまもまた、ひとまわり大きいだるまにつられてひどく慌てて、思わずこぼした涙で濡れた左目のあたりが、いくらかふやけてしまったのでした。
光の中のいくつかのうち、まだ聞いたことのない声が、優しさに溢れたあたたかな調子でこう言いました。
「セーターとダウン、それに貴方たちの頭の大きさにも合うニット帽ですね。わかりました」
その声が聞こえてすぐに、二体のだるまと居眠り地蔵の視界から、あの輝かしい光はパッと消えてしまいました。あたりでいちばん明るいのは取り替えたばかりの街灯で、遠くの空に山影が浮かび、数多くの星が輝く青黒い景色は相変わらず美しいものでした。
二体のだるまと居眠り地蔵は、急に眠くなりました。光が消えてからすぐ、太陽みたいな独特のあたたかさに包まれたからなのかもしれません。寝付きの良い地蔵はすでに寝息を立てていました。二体のだるまもまた、見開いたまんまるの黒目を夜の闇に馴染ませて、そのまま眠りについたのでした。
「はっはっは。おい、誰だこんなことしたのは」
その声に、ひとまわり大きいだるまが目を覚ますと、目の前に人間が立っていました。毎朝近所を散歩している、集落のおじいさんでした。風の強い朝のようです。いつもなら感じない風の流れに横を見ると、小柄なだるまの姿がありませんでした。
ひとまわり大きいだるまは上を見上げました。小柄なだるまは、おじいさんが両手で持ち上げていたのですが、ひとまわり大きいだるまは思わず目を白黒させました。小柄なだるまが、赤い色のセーターにダウン、それに深々とかぶるにはぴったりな大きさのニット帽をかぶっていたのです。
しばらくして、おじいさんの知り合いの何人かが、公民館前の広場に集まってきました。彼ら"おさんぽ会"は毎朝そこに集まって、そこから1時間以上かけて近所をぐるりと歩いて回るのです。おじいさんの声がけに、おさんぽ会の背の低いおばあさんが猫撫で声を出しました。
「だーるまさんたちも寒かったのねえ。よかったねえ、あったかそうねえ」
おばあさんの声を聞いたひとまわり大きいだるまは、そこではじめて、自分にもセーターやダウン、ニット帽が身につけられていることに気がつきました。
「よかったかもしれんが、こりゃいったい誰がやったんだ?」
「そんなの決まってるじゃない。御地蔵さまよ」
「でも、これ手編みよ、きっと」
「じゃあ御地蔵さまじゃねえよ」
「まあ誰がやったっていいやい。縁起良さそうじゃねえか」
「そうね。新年早々、おめでたいことね」
「うん、そうだ」
「そうだ、そうだ」
おじいさんは、小柄なだるまをていねいに元の位置に戻しました。二体のだるまからすると、前よりもお互いの姿が見えやすい向きでしたから、それぞれが身につけるものを見つめ合いました。おさんぽ会が公民館前の広場を離れて散歩に出かけると、ひとまわり大きいだるまは小柄なだるまを見て言いました。
「ずいぶん、似合ってるな。おいらはどうだ?」
小柄なだるまは大きく頷いて、まんまるな黒目を少しだけ細めました。居眠り地蔵はいつの間にか起きていて、二体のだるまの後ろ姿を眺めると、
「きみら、ずいぶんまんまるだよ。やあ、きみらを見ていると、私もやっぱりニット帽が欲しいよ」
と言って、白い薄手の頭巾の中に顔を隠してしまいました。
二体のだるまは、夜の訪れを楽しみに一日を過ごしました。この日も雲ひとつない晴天です。このまま夜になれば冷え込みはぐんぐん強まります。ひとまわり大きいだるまは、小柄なだるまに声をかけました。
「今日はもしかすると、凍てつく夜風が心地よいかもしれねえな」
新しい一年、新しい世界がはじまりました。
夜明けを祝う世界中の人々とは逆に、二体のだるまのように役目を終えたものたちは今、夜の訪れを待ち望んでいます。
それは、決しておかしなことではありません。
分断でも、不調和でもありません。
それぞれが、どんなことでも叶う願いを手にして、ただ在るべき場所に戻り始めているだけなのです。
それこそが、光の来迎とともに私たち人間が星々とつくりあげた世界なのかもしれません。
あけましておめでとうございます。
今週は、そんなキンボです。
こじょうゆうや
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